第20期雀竜位決定戦観戦記 3日目/最終日(15回戦)
第20期雀竜位決定戦観戦記
3日目 15回戦
【担当記者:五十嵐毅】
15回戦(小池-吉田-富永-秋山)
最終戦を迎え、優勝の行方はほぼ秋山と吉田の一騎打ちとなった。
リードする秋山と吉田の差は29.3P。
東1局、親の小池がマンズホンイツ、吉田がソーズのホンイツで仕掛ける。
小池
吉田
吉田がをポンして切ったテンパイ打牌はドラの。
を引いてこのドラが打ち出せる形でテンパイが入ったのが富永。切り即リーチ。
富永
ツモ
しかし、アガったのはリード走者らしくヤミテンしていた秋山だった。
ツモ
東2局は吉田が4000オール。
しかし1本場では秋山が一発ツモの満貫で吉田に親被りさせ、ほぼ並びをキープ。
東3局、事件が起きかける。
秋山の8巡目。
ドラ
メンゼンである。こんな手であることは誰も気づいていない。
吉田の9巡目。
ツモ
ともに自分で序盤に切っており、どちらも切り出す構想だ。
どうせ切るなら役牌のほうが先とを切った。
これを親の富永がポン。ドラのを打ってテンパイ。
このポンで秋山に入るはずだったが喰い流れる。
小池がをツモ切るのを見て秋山はどう思ったか。これでは残り2枚と薄くなった。
次巡をツモって一手進んだ吉田は切り。
秋山、当然のポンテン。
小池の手にが入り秋山のマチはヤマに1枚となるが、トイツ落としで粘っていた吉田の手は次のように変化。
入り方によってはが出て行きかねない。
実況席が固唾を飲んで見守る中、富永がをツモ。一挙に緊張がほどけた。
秋山はまったく表情を変えずに役満テンパイの牌姿を卓に流した。
大きく動いたのが南2局。
東をアンコにした親の吉田、ドラを切って–マチリーチ。
このとき秋山はテンパイを入れていた。
ドラ
吉田の切ったドラをポンすれば満貫の–マチ。
解説席の仲林は「ポンだ!」と叫んだが、秋山は微動だにしない。
声が出なかったのではない。出さなかったのだ。
ピンズの並びを見てもらえばわかるが、チー打の–へマチカエはするつもりだったが、ドラポンをする気はなかったのだ。
この局に関して、秋山は明確に答えている。
「は2枚切れですがリーチの現物で、このままなら脇からポロリもあり得る。
追う立場ならポンして勝負するけれど、リードしている立場なのでこのままで十分。何度同じような局面になってもポンしない」
完全順位点制のネット麻雀「天鳳」で十段まで行った秋山らしいフォームだ。
「ポン」と叫んだ仲林は「決め」に行くタイプ、秋山はリードを保ったままこの親を終わらすことを優先するということだろう。
これはどちらがいいということではなく、スタイルの違いである。
しかし、結果は秋山にとって辛いものとなった。
吉田の2巡後、「ポンしていれば」のツモ切り、その2巡後にツモとなった。裏ドラは乗らなかったが2600オール。
これで吉田39600、秋山35400と、4200点吉田が上になった。
この親番は6本場まで続いた。大きなアガリは最初だけだったが、細かなアガリにも積み棒が加算されていき馬鹿にならない。
6本場、をポンしていた富永がドラでツモアガる。
吉田、倍満の親被りだが、それでも2万点以上の差が付いていた。
南3局、秋山が15巡目にリーチ。
ドラ
もちろん吉田はオリる。最後の手番で秋山の捨て牌を凝視、手牌の中で秋山の捨て牌にあるのはもはやのみ。
当然これを切る……って当然じゃない!
秋山の捨て牌にばかり気が行って、たったいま富永がを通したのを見落としている!
このをチーできた富永がテンパイを入れることに成功。
こうして、富永ノーテンでオーラスとなるはずだったところが、本来ならあるはずのないラス前1本場が行われることになった。
その1本場、秋山がドラのをポン。鳴かせたのは吉田。
前局のミスに気づき、この局を早く終わらせようとして切ったドラをライバルに鳴かれるという最悪コース。心中穏やかではなかっただろう。
終盤、富永がリーチ。
ドラ
秋山はすでに–テンパイ。
掴んだが止まるはずもなく、3900+300の放銃。
富永1人テンパイをはさんだ3本場、吉田が満貫のツモアガリ。
自らのミスであるはずがなかったラス前を続けて、点差をさらに広げるという僥倖の結果を導いた。
オーラス、2人の点差は約4万点。
親の秋山は連荘し続けるしかない。
一方の吉田、1巡目に秋山が切ったをポン。
ポンはしたけれど、しばらく手を止めて残る10牌を見直す。
何を切るか迷うくらいバラバラの手なのだ。
だが、アガれば優勝のこの局はポンの一手。
とにかく役を付けてまっすぐ行くだけだ。
終盤ようやくテンパイを入れる。
ドラ
秋山はイーシャンテン。
ここに富永からが打たれる。
残るツモ山は3トン6牌。もうテンパイを取るしかない。
秋山がチー、出て行くのはに決まっている。
こうして全21局の長い戦いに終止符が打たれた。
吉田知弘は協会創設メンバーの一人。
プロ入りは最高位戦の23期である。
協会の初期からいる会員ならば知っていることだが、過去には事務局長を務めていた。
彼の頑張りがなかったら、今の協会は存在していなかったかもしれない。
途中、協会を離れた時期もあったがプロになってから25年目にして初のビッグタイトルは、神様からの贈り物だろう。
もちろん歴代最高齢雀竜位である。