第23期女流雀王決定戦観戦記3日目(15回戦)

【担当記者:五十嵐毅】
座順 澄川-奥村-りんの―澄川
東1局は逢川がタンヤオ–
待ちリーチ。リーチ後に
をアンカンして3200を澄川から。
東2局もピンフヤミテンをりんのからと、逢川が軽快に局を進める。
東3局、親のりんのはテンパイ連荘の後の1本場に澄川から7700をアガり、デッドヒートを繰り広げるが、奥村の1000・2000を挟んだ東4局に決定打が出る。
親の逢川がアンコで
–
–
の3メンチャンリーチ。
ドラトイツでトイトイ狙いの澄川の
ポンで一度は
を喰い下げられたが、
をツモって4000オール。

これでもりんのはトップを取れるかもしれない。しかし、もう一つの条件、逢川を3着以下にするのは相当難しくなった。
ところが、次局1本場、りんのにヤミテンの大物手が入る。
まずは奥村がリーチ。

その2巡後にりんのがをアンコにしてカン
待ち。

逢川が下家なので山越しできる大チャンスだ。
直後に逢川がを持ってきて長考。2巡前に切ったばかりの牌。奥村の捨て牌に
があり、このときはスッと切っている。だが、そのときとは状況がちがう。りんのが
と静かに押している。

逢川がりんのの大物手テンパイを読み切っていたかは定かでないが、ただならぬ気配は感じ取っていただろう。そこが押しているのなら、私の出番ではないとばかりに、いま通ったを出来メンツから抜いた。
もしも2巡前と同じテンションでを切っていたら、番狂わせがあったかもしれない。
りんのは結局、終盤にを掴んで奥村に放銃。
この瞬間、何かがポキリと折れる音がした。観ていた者の感想としては「りんのはよく頑張った。よくここまで追い込んだ。だが、これが最後のチャンス手だっただろう」というものだ。
だが、りんの自身はまだあきらめてはいなかった。まだラス前の親番が残っている。
そのラス前、逢川はポンテン、
–
待ち。

これで勝っただろうと思われたが、ここにりんのの最後の賭けが入った。テンパイ即リーチ。待ちはペンカン。アガリよりも逢川の足止め、そして流局が狙いだ。

逢川は一発目にアンコとなるをツモ。

が現物だけに迷う。だが、迷ってはいけない。一発さえ避ければいいという局面ではない。そんな
タンキで勝ち切れるのか?
5年前の最終戦、朝倉ゆかりの親リーチに、喰い三色場に3枚出のカンでツッパリ続けた逢川。(その他のコンテンツ→旧ウェブサイト→過去の観戦記→第18期女流雀王決定戦)それに比べてここにいるのは逢川ではない。

いや、逢川だ。あのときは女流雀王2年目。いまは協会初の5度目が賭かっている。背負っている重みがちがう。
苦悶の表情で迷い続けた逢川は23秒後にに手を掛けた。

良かった。やっぱり逢川だ。アンコ切りとの比較なら
が切れていてリャンメンは
–
しかない
に決まっている。
は
–
も
–
もある。
ここが逢川の最後の試練だった。次の牌をツモるまでもなく、すぐにりんのがを掴んだ。
最終局は、この回トップになれば3位に浮上する奥村がリーチ。
解説の渋川難波は「逢川さん、打ちに行け! りんのさんに役満手が入る前に打ちに行け」と叫んでいるが、おそらくりんのからその気配が感じられなかったのだろう。ならばこの局の焦点は奥村と澄川のトータル3位の争い。邪魔することなくオリを選び、奥村の1人テンパイでこの半荘のトップを譲ることになったが‘(結果、奥村3位に浮上)、堂々たるウィニングランだった。
強い。強すぎる。これで並んでいた朝倉との4回を越え5度目の戴冠。それも7年という短期間での達成である。
7年間で彼女に勝ったのは2人だけ。19期の佐月麻理子と21期の水崎ともみだが、決定戦で負けてしまえば、翌年長丁場のリーグ戦を打たなければならない。だが、逢川は当たり前のようにAリーグで勝って決定戦に進み、この2人に翌年リベンジを果たしている。ようは勝ちっぱなしの印象である。
決定戦の前に、逢川が5回目の女流雀王になったらどうするかが協会上層部で話し合われたが、「永世」の称号付与に反対する者は誰もいなかった。内容もそれだけ充実しているからである。
おめでとう。貴女は本当に強い!
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