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順位
名前
TOTAL
1日目
2日目
11回戦
12回戦
13回戦
14回戦
15回戦
1
大崎 初音
112.2
71.9
100.9
16.2
-16.9
-34.1
5.2
-31.0
2
冨本 智美
12.3
-52.6
59.3
-52.2
52.5
4.3
-56.6
57.6
3
水崎 ともみ
-34.4
122.9
-38.5
-25.4
11.5
-58.0
-15.9
-31.0
4
眞崎 雪菜
-90.1
-142.2
-121.7
61.4
-47.1
87.8
67.3
4.4

1日目観戦記2日目観戦記|3日目観戦記|

≪女流雀王決定戦最終日≫

驚く事に、大崎はプロ歴5年目にして4年連続4回目の女流雀王決定戦出場を果たしている。
その内2回タイトルを獲得し、今回も優勝すると協会史上最多の3回目の女流雀王戴冠となる。
今や大崎初音は、当協会を代表する麻雀打ちのひとりとなった。

ここにきて大崎の実力を疑うものは、もう誰もいない。
しかし、大崎は未だどこかで自分の実力に自信を持てないでいた。
心の内側にいつも貼りついている、「私なんかが…」という気持ち。
それが弱さであることは、百も承知だ。タイトルホルダーが、そんなことを言っていてはいけない。わかっている。
しかし、まだまだ自分は未完成だという想いが、いつまでも自分に自信を与えてくれない。

それでも、こんな自分のことを『先生』と呼んでくれる、麻雀教室の生徒さんがいる。
慕ってくれるファンの方がいる。その人たちの目に映る自分は、いつもキラキラしていたい。
その気持ちが、時に顔を出そうとする自分の弱さに、上から精一杯蓋をする。

今回の決定戦だって、そう。華々しく女流雀王に返り咲いてやるとか、誰よりも強いのは私だとか、そういうつもりは無い。
ただみんなに「カッコ良い!」って言って貰いたいという不純な動機だけが、大崎を突き動かしている。

大崎にとって、女流雀王決定戦は参観日なのだ。
日頃お世話になっている方達に、自分の成長したところを見て貰う日である。
父兄の前で張り切って手を挙げる子どものように、大崎はしっかりと前を向き背筋を伸ばしてリーチをかける。
たとえ、何度も挙げた手が最後まで当てて貰えなかったとしても、後ろからそっと見守ってくれている多くの笑顔が、いつでも大崎の背中を温かくしてくれる。

忙しい中見にきてくれたみんなに、いいところを見せるんだ。
完璧でなくて良い。結果は、後から考えよう。
大崎は下を向き、両手を軽く握りしめた。

女流雀王決定戦最終日。
今年も、多くのお父さんお母さんが、娘の様子を見に来ている。

 

★11回戦★(眞崎→冨本→水崎→大崎)

最終日開始時点でのポイントは、以下の通り。
大崎 初音  +172.8
水崎 ともみ +84.4
冨本 智美  +6.7
眞崎 雪菜  △263.9

水崎は十分射程圏内。冨本は昨年(第11期女流雀王決定戦)の最終日開始時点とほぼ同じポイント差で、つまり昨年と同じ事をやれば良い。
眞崎はかなり苦しいが、他の3人が眞崎に対して甘く打つ事が期待できる。

東2局
ここまでノートップの眞崎であったが、東1局に冨本のリーチ宣言牌を捕らえて7700と、幸先の良いスタートを切る。
その眞崎、東2局に大崎のリーチを受けた8巡目。

眞崎(北家) 8巡目
 ツモ ドラ
ピンズのどちらを切ってぶつけるのか。しかし眞崎は一息置くと、リーチに通るマンズの上に手をかけた。
実はピンズ気配の冨本が、大崎のリーチに対して無スジを飛ばし、ピンズを余らせているのだ。
トータルで大きく凹んでいるとはいえ、この形では2人に対して押せないと判断。
実際、は冨本に当たり、大崎はとピンズのシャンポンである。
これだけのビハインドがあっても、眞崎は壊れていない。周囲から、安堵の空気が漏れる。
結果は、冨本が大崎からホンイツをアガって5800。

その後も眞崎は丁寧な手筋で、南1局の親番で5本場まで積み上げる。
三者も眞崎に叩かれる分には良しとしている部分はあるが、眞崎に素直な手が入り始めたこともまた事実である。

そして、トータルトップの大崎がじりじりと点棒を削られて、9300点のラス目に落ちてきた。
ここで眞崎トップ、大崎ラスの絵ができると、観戦がより面白くなる。

しかし、相手はあの大崎初音だ。

大崎(北家) 13巡目
 ツモ ドラ
13巡目にテンパイ。巡目も深く、ダマテンにして水崎・冨本から3900を削ることも考えたが、これだけの勝負手をあと何度貰えるか分からない為、素直にリーチを宣言。これが、裏1でハネ満のツモとなり、なんと2着まで浮上する。

勝負どころで見せるこの粘り強さが、昨年の大崎とはまた一味違う。

南4局
この後も大崎は丁寧に加点し、オーラスを迎えて点棒状況は以下。
大崎(東家)28400
眞崎(南家)30100
冨本(西家)20100
水崎(北家)21400

冨本、水崎は、自身のトップが望めない時は眞崎にトップを獲らせたいが、冨本と水崎同士の点差も近すぎて、そう単純な話でも無い。

3巡目に、眞崎が即リーチ。
眞崎(南家) 3巡目
 ドラ
ダマテンでもアガれるが、他家の手順ミスの誘発と素点向上を狙ってリーチ。
また、「この局面でダブで当たるならリーチをしてこないだろう」という読みの裏をかいた作戦でもある。
しかし不運にも、は水崎に暗刻。
中盤、をチーして大崎が追いついた。

大崎(東家) 8巡目
 チー ドラ
親番なので、アガれば終わりという訳ではないが、地味に打点もある。

ここへ、最後方から水崎のリーチ。
水崎(北家) 10巡目
 ドラ
ツモれば文句なしトップ。次善は、大崎からの直撃。
眞崎からアガって裏が乗らないケースが最悪だが、見逃すのか。

直後に大崎がをつかんだ。
大崎(東家) 11巡目
 チー ドラ

ギャラリーが、息を呑む。これは止まらない。
一発で放って水崎の8000点で終わりだ。誰もがそう思った。

眞崎捨牌

水崎捨牌

しかし大崎は、慎重に現物のに手をかけた。

「この状況でこの手を回れる人がいるんだ」
傍にいたAリーガーの金が、感嘆の声を漏らした。
結果が当たりだったからではない。それだけこの押し引きが絶妙なのだ。
すぐにを引いた大崎は、直後につかんだ水崎のを捕らえる。
恐らく百人いたら数十人は3着で終わらせていたであろう局面をアガり切り、大崎はトップ目まで駆け上がった。

1本場、眞崎のチンイツに向かって、半ば差し込み気味に冨本が放銃する。
自身のラスと引換えとなってしまったが、それでもまだ大崎にトップを獲られるよりはマシであった。

眞崎が、長いトンネルを抜け本決定戦初トップ。大逆転に向けて、道筋を作った。

11回戦結果 眞崎+61.4 大崎+16.2 水崎△25.4 冨本△52.2

(11回戦終了時トータル)
大崎 初音  +189.0
水崎 ともみ +59.0
冨本 智美  △45.5
眞崎 雪菜  △202.5

 

★12回戦★(水崎→眞崎→冨本→大崎)

現女流雀王の冨本があまり目立っていない。
先程の半荘では、東場こそ勢いよく加点するものの、南場は眞崎、大崎の猛攻に遭い、点棒が出続けている。
結局終わってみれば、ラスまで引き受けさせられた。
現状、トータルトップの大崎に約230ポイント差をつけられており、この半荘で差を詰めておかないと後が無い。トップラスだけで80ポイントが縮まる協会ルールとはいえ、大崎の安定感を考えると、そうそう大崎のラスも望めないからだ。

冨本だって、この一年間遊んで過ごしてきた訳ではない。
勉強会への参加。全成績の管理。女流雀王になってから新しく始めたことは無いけれど、途中で投げ出したことも、一つも無かった。
冨本の目標は、二連覇の向こうにある「協会史上初の女流雀王三連覇」なのだ。

しかし、東3局の親番で水崎にツモられたリーチのみの手がまさかの裏3で、冨本はまたしてもラスに転落する。

南3局1本場
冨本の親番、点棒状況は以下。
東4局に眞崎との同テンリーチに競り勝って満貫を引き上がった水崎が、トップ目に立っている。

冨本(東家)16300
大崎(南家)24000
水崎(西家)32500
眞崎(北家)26200

この親番がこのまま流れると、恐らく女流雀王の座は冨本から離れる。
ポイント差と残りゲーム数を考えると、そのくらい重要な親番であると思う。

配牌は色々な可能性を秘めていたが、期せずしてツモが縦に寄った。
5巡目で、チートイツのイーシャンテンとなる。

冨本(東家) 5巡目
 ドラ
山にいそうな牌を慎重に選んでいく冨本。どうしてもテンパイをしなくてはいけない局面で、有効牌の少ないチートイツは最も怖い。
しかしこの局は、他家の足が遅かったことも冨本に味方した。
11巡目に無事が重なり、満を持してリーチ。

冨本(東家) 11巡目
 ドラ
ここに、手詰まった眞崎が暗刻落としで飛び込んだ。
初日、2日目と眞崎を苦しめてきた不遇が、最終日も眞崎に対して猛威を振るう。

冨本(東家) 14巡目
 ロン ドラ 裏ドラ

裏も乗って12000。冨本としては眞崎の点棒を削りたく無かったと思うが、与えられた材料の中では最高の結果を出した。
あとは、大崎の着順を上げずに水崎をまくり、トップでこの半荘を終える事だ。

南3局2本場
冨本(東家)29600
大崎(南家)24000
水崎(西家)32500
眞崎(北家)13900

しかし、大崎も3着で納得するつもりはない。
7巡目に先制リーチ。

大崎(南家) 7巡目
 ドラ
打点は無いが、大崎の着順を上げたくない水崎、眞崎が撤退を始める。
唯一押すことを許された、親番の冨本。

冨本(東家) 9巡目
 ツモ ドラ
真直ぐいくなら、打だ。最も手広く、ドラを引いても使えない訳ではない。
しかし大崎のリーチには、一枚もピンズが通っていない。で放銃すれば、まずドラ絡みで打点もついてくる。
冨本は、のワンチャンスを見て打を選択した。ドラをダイレクトに引いた時だけピンズの上を勝負する構えだ。
昨年の決定戦で我々に見せつけてくれた胆力の上に、今年は慎重さを重ね着している。
結果は、大崎の一人テンパイで流局。

南4局3本場
冨本が勝負どころに選んだ、オーラス。
大崎(東家)26000
水崎(南家)31500
眞崎(西家)12900
冨本(北家)28600

供託1000点と3本場で、冨本は300・500のツモまたは1300点の出アガりで単独トップ目に立てる。
その冨本の配牌。
冨本(北家) 1巡目
 ドラ
決して良い配牌とは言えない。
しかし冨本は、端牌を上手に使ってチャンタ三色のテンパイを入れた。
冨本(北家) 9巡目
 チー ドラ

ここへタンヤオ聴牌を果たした大崎が、をつかんで2000。
大崎をラスまで沈めることはできなかったが、3着で終了させたことは大きかった。

次戦以降に望みを繋いだ冨本。
一方で、南入してから身動きもできずにトップを捲られた水崎は熱い。

12回戦結果 冨本+52.5 水崎+11.5 大崎△16.9 眞崎△47.1

(12回戦終了時トータル)
大崎 初音  +172.1
水崎 ともみ +70.5
冨本 智美  +7.0
眞崎 雪菜  △249.6

 

★13回戦★(眞崎→冨本→大崎→水崎)

本日の開始時点にほぼポイントが戻ってしまったような状態である。
ただ、半荘を消化している分、大崎の優勝確率は上昇し、水崎、冨本、眞崎は条件がきつくなっている。
特に、このポイント差から眞崎の逆転は苦しい。

東4局2本場
水崎(東家)23700
眞崎(南家)22800
冨本(西家)23000
大崎(北家)28500

ここまで大きな動きの無い東4局。
大崎と冨本から、ポンとチーの声が飛び交う。

大崎(北家) 6巡目
 チー ポン ポン ドラ

冨本(西家) 7巡目
 チー ポン ドラ

あっという間に2人がテンパイ。
しかしその空中戦の真下で、眞崎がごっそりと暗刻を集めていた。

眞崎(南家) 6巡目
 ドラ
捨牌一段目にして、四暗刻のテンパイ。
全員をオロす為のリーチもありだと思ったが、大崎からのみ直撃を考えている眞崎は、慎重にダマテンに構える。
一方で、冨本や大崎のアガり牌も山に残っており、誰が勝つのかわからなかった。が大崎の現物になっていて5枚生きの冨本が一番強いか。

眞崎は、第3・4期と女流雀王を連覇している。その実力は折り紙つきであり、また、裏表の無い気さくな性格で周囲からの人望も厚い。
決定戦初日の下馬評では、堂々1位を獲得していた眞崎だったが、ここまで終始ダメ配牌と展開の悪さに苦しめられてきた。

しかし眞崎は、過去の決定戦において5半荘で380ポイントを捲って優勝した実績もある。
今回も最終日開始時点で眞崎の優勝はかなり厳しかったが、眞崎を昔から知っている者は、皆一様に口を揃えた。
「難しい理屈は抜きにしても、眞崎がこのまま終わるはずがない」と。

眞崎(南家) 8巡目
 ツモ ドラ
テンパイから、正に一瞬の出来事であった。
8000・16000を受け取る威風堂々とした後姿に、パブリックビューイングで見ていた新橋の道場が沸いた。
眞崎でなくとも、トータル最下位からの執念の四暗刻ツモは、それだけで感動を呼ぶ。
しかしここまで周囲の歓声が大きくなったのは、そこに座っているのが眞崎であったからだと思う。

実は、点棒を支払う3人の中で、ただ一人この展開を良しとする者がいた。大崎である。
当面の敵である水崎が親被り、また、この半荘の水崎、冨本のトップが難しくなった。
ここから先、眞崎は水崎や冨本をある程度助けるだろうが、トータルポイントを考えると、道中で素点を大幅に削るような露骨なアシストはしてこないはずだ。その中で、自分は2着狙いに徹すれば良い。

ところが南1局1本場、冨本と眞崎の二軒リーチに挟まれた大崎は、一発で眞崎のリーチに7700を打ち上げてしまう。
両方とも決して待ちが良いとは言えないが、大崎を挟んで追い込んだ2人の作戦勝ちと言える。

南1局2本場
点棒状況は以下。
眞崎(東家)69400
冨本(南家)12800
大崎(西家)11300
水崎(北家) 6500

眞崎はもうトップとして、下位組は大接戦である。
一方で、大崎にラスを押しつけるチャンスでもある。

水崎の配牌が、久々にそこそこ纏まっていた。

水崎(北家) 1巡目
 ドラ

この手を仕上げて、できれば大崎とラスを入れ替わりたい。

ところが、5巡目に眞崎が仕掛け、10巡目に大崎からリーチの声。中盤、やっと水崎がこのイーシャンテンまで漕ぎ付けた。

水崎(北家) 10巡目
 ドラ
テンパイ したら、どこかで眞崎が助けてくれるかもしれない。次巡つかんだ無スジのも元気良くツモ切り、臨戦態勢に入る。

ところが、直後に引いたを握り、水崎が場を見渡した。
生牌。大崎のリーチはおろか、眞崎にトイトイで打つ可能性もある。
三元牌は場に一枚も見えていない。

それでも、ラス目でこの手を貰ったなら、字牌くらい押してしまいそうだ。
衆目の中、これで止めた牌が何でもなかったら、揶揄の対象になりかねないという不安もある。

しかし少考の後、水崎は前巡通したを離して、冷静に手を崩した。
これがなんと大正解で、は大崎へ放銃。
直後に眞崎が大崎から1500をアガり、事なきを得た。

大舞台では、全部押すよりも「ここで退く」という決断を下す方が、度胸がいる。
大崎への淡白な2600放銃とせず、勝負の行方を眞崎へと預けた、水崎の好判断が光る牌譜となった。

3本場には、この半荘大人しかった冨本が、ドラを暗カンしての3000・6000ツモ。
随所で見せる爆発力は流石である。

これであとは眞崎、冨本が水崎を引き上げて大崎をラスに落とせば、3人の仕事は完了となるはずであった。
しかし南2局以降、肝心の水崎に全く手が入らない。オーラスも大崎に軽くアガられてしまい、結局大崎の3着を許してしまった。

13回戦結果 眞崎+87.8 冨本+4.3 大崎△34.1 水崎△58.0

(13回戦終了時トータル)
大崎 初音  +138.0
水崎 ともみ +12.5
冨本 智美  +11.3
眞崎 雪菜  △161.8

トータル2位の水崎ともみ。
雀王戦Aリーガーの採譜を務め、勉強会にも欠かさず参加し、ここ数年で最も力をつけた若手女流プロのひとりである。

実は、水崎が麻雀プロになると決めた時、水崎の両親は猛反対をした。

これまで何の為に勉強をしてきたのか。その人生は女としての幸せをつかめるのか。
水崎は幼少期から抜群の成績で育ってきただけに、両親の期待も大きく、またその期待の大きさが、両親の声を一層荒くさせた。

水崎は、高校生の頃にセガのアーケードゲーム「MJ」で麻雀を知った。
有名私立大学に無事入学を果たしたが、徐々に麻雀の深みへと嵌っていく水崎の姿は、両親の望むものではなかった。

そして2009年、水崎は両親の強い反対を押し切り、大学在学中に日本プロ麻雀協会のプロテストに合格。
並み居る強豪を押し退け、2011年冬には早くも女流プロの最高峰タイトルである『女流雀王決定戦』出場を果たした。
「凄い大会の決勝に残れたんだよ!ニコニコ動画で生放送もされるから見てね!」
ある日の夕食時に、思い切って両親に話をしてみた。

しかし、「そんなことより大学はちゃんと卒業できるのか」と、余計な小言を誘発しただけであった。
麻雀プロを認めていない両親には、やはり最後まで分かって貰うことはできなかった。

第10期女流雀王決定戦、初日。水崎は、いってきます、とだけ言って家を出た。
行き先を説明したってきっと上手く伝わらないから、何も話さなかった。

人生初の決定戦は、とにかく緊張した。こんなにも多くの人に自分の麻雀を見て貰うことはこれまでに無かったし、沢山の人から応援の言葉を戴くこともまた、初めてであった。
勝負は最終日までもつれたが、結果は惜しくも2位で敗れた。

決定戦が終わり、とぼとぼ帰途に就く。
「ただいま」
この悔しさは、家族には何も関係がない。できるだけいつもの声で、玄関のドアを開けた。
廊下を進むと、台所にいた母親が、いつもと同じ口調で話しかけてきた。
「今日、どうだったの?」

はっ、とした。
母親が今日の決定戦のことを分かっているはずがない。
しかし、妙な間を恐れた水崎の口は、勝手に平静を装った。

「ダメだったよ。また来年頑張るね。」
炊事の音の向こうから、―――そう、とだけ返ってきた。それ以上は、何も言ってこなかった。

着替えを済ませ、リビングへと向かう。
父親は、こちらに背を向けてテレビを見ていた。
―――こんな時間までどこで何をしていたのか。
今日は聞いてこなかった。
冷蔵庫から飲み物を取り出すと、そこに貼ってあるカレンダーの今日の日付に、小さな丸がついているのが見えた。

飲み物を片手に、リビングにある、父親のパソコンを開いた。
インターネットの検索履歴が、「ミコミコ動画」「麻雀」「水崎」「見る方法」といった単語で埋め尽くされている。
そこには、聞き慣れない単語を継ぎはぎしながら、画面の向こうに娘を探す両親の跡があった。

「惜しかったんだな」
背中を向けたまま、父親が呟いた。うん、とだけ答えた。
「あんたは昔から度胸がないのよ」
水を止めながら、母親が笑った。
その日の夕食は、水崎の一番大好きなスペアリブだった。

今年も水崎は、いってきます、とだけ言っていつも通り家を出る。
相変わらず両親は、麻雀プロという生き方に対して良い顔をしていない。
ただ、認めてはくれなくても、応援はしてくれていることを水崎は知っている。

大学も卒業し、今になって両親の気持ちも少しだけ分かるようになった。
けれど、これが自分の選んだ世界であって、その中で行けるところまで行ってみたい。
自分を大切に育ててくれた両親には悪いけど、それが我儘な娘の本音なのだ。
だから、自分に自信を持って、精一杯頑張ってくるね。

今日は帰ったら、大きな声でただいま、って言おうと思った。

 

★14回戦★(水崎→眞崎→大崎→冨本)

残りは2回戦。この半荘で「大崎がトップを取る」「眞崎がトップ、大崎が2着」のどちらかを満たすと、最終戦を待たずして勝負は決まってしまう。

大崎は、自分がトップを獲れない時は眞崎のトップをお膳立てする。
冨本、水崎は自身のトップと大崎の着順落としを同時に狙っていきたい。眞崎はもう大崎とのトップラスが必須である。

東場は眞崎がややリードするものの、全体的に平たい。
特に四者が意図した訳でも無かったが、決定打が出ない展開になっている。

東4局1本場
冨本(東家)24200
水崎(南家)19000
眞崎(西家)29700
大崎(北家)26100

冨本と眞崎が、激しく動いた。

冨本(東家) 8巡目
 チー ポン ドラ

眞崎(西家) 8巡目
 チー ポン ポン ドラ

冨本はかわし手、眞崎は本手だ。
ここへ、配牌からドラ暗刻であった水崎が、四枚目のドラを持ってきて暗カンをした。

水崎(南家) 11巡目
 暗カン ドラ

イーシャンテンだが、他家の目からは脅威に映る。

水崎の暗カンの同巡、大崎がテンパイを果たした。
大崎(北家) 11巡目
 ドラ

手にはカンドラが一枚だけ。高そうな仕掛けとドラの暗カンに対し、トータルトップからぶつける手ではない。

しかし大崎は、ほぼノータイムでこのカンを曲げた。

後日、この時の思考を大崎に聞いてみたが、返ってきた答えの深さに私は脱帽した。
「恐らく眞崎さんは私からしかアガりませんよね。水崎さんはわかりませんが、山越しをかけてくる可能性が十分にあります。
そこで、眞崎さんと水崎さんがお互いの打牌を見逃し合わないよう、リーチで2人に自分のテンパイを教えたんです。
もう見逃し合っている暇は無いですよ、って(笑)。
2人もまさかこの局面で大崎が愚形・安手リーチをかけてくる訳ないと思うでしょうから、焦るはずです。
待ちはカンチャンですが、ポンのお陰でそこまで最悪ではありません。
冨本さんは打点が無いことがわかっているので、ここには飛び込んでもいいと思っていました」

何も知らなければ、ただの蛮勇リーチに映るかもしれない。
しかしその選択の裏には、華やかな容姿からは想像もつかない、勝つ為の緻密な戦略が込められていた。

実は、この局にはもう一つドラマがあった。
アガり牌のペンを暗カンされた眞崎がテンパイを組み替え、カンで張り返していたのだ。

眞崎(西家) 13巡目
 チー ポン ポン ドラ

カンドラが乗っており、文句なしの満貫テンパイ。
直後に、勝負している水崎がをツモ切る。ここで眞崎が手を倒せば、大崎の描いたストーリー通りの展開となるはずであった。
しかし眞崎はに目もくれず、変わらない動作で山に手を伸ばした。
どよめくギャラリー。大崎からリーチが入っているのに。
眞崎は、この手は必ず大崎からアガると、強く決めていたのだ。誰からリーチが入ろうと関係ない。
ランダムに積まれている牌山に、眞崎の意志が通じたのは、15巡目のことだった。

眞崎(西家) 15巡目
 ロン チー ポン ポン ドラ

放銃した大崎の目が、眞崎の手牌と水崎の捨牌を交互に見つめる。
これには大崎も、戦慄したはずだ。
ポイント差から言って、仮にここで大崎とのトップラスを上手く決めても、眞崎の優勝への道はかなり細い。
それでも、大逆転を果たせるのはこうした一縷の望みを最後まで捨てない選手だと思う。結果負けてしまったとしても、モニター越しで見ていた我々の目には、眞崎のプロとしての姿勢が深く刻まれる。決定戦での「勝ち方」と「負け方」を、同時に教わったような気がした。

眞崎頑張れムードに背中を押されるように、南2局の親番では眞崎が大崎から5800を直撃する。
眞崎の仕掛けを見れば、大崎も役牌暗刻+ドラ対子には気付けたかもしれないが、まさかが当たるとは思わなかったであろう。

南3局
大崎(東家) 9300
冨本(南家)20500
水崎(西家)21100
眞崎(北家)49100

冨本、水崎、眞崎の3人は、大崎をこのままラスで終わらせたい。
一方で大崎はラスを避けたいが、眞崎が抜ける展開は目論見通りでもある。

しかし、ここから大崎が粘る。
今思えば、この3局の連続アガリが今回の女流雀王優勝を決定付けたシーンだったと思う。


まず、ホンイツテンパイの水崎から2900点。
2巡目のポンの後、無駄ヅモ無しで仕上がった7700点。
ピンフ一通の見える手から一気に寄せたホンイツ7700点。
大崎は自らの手で、あっという間に2着に帰ってきた。7700点を連続放銃した冨本がラスに沈む。

後に大崎は、「最初の2900以外、眞崎さんからはアガるつもりがありませんでした」と述懐した。
大崎からしたら、眞崎にはこの半荘揺るぎないトップでいて貰いたいからだ。

大崎は、眞崎からはアガらない。
眞崎は、大崎以外からはアガらない。
奇妙な二人の関係だが、それが各々の優勝確率を最も高める選択なのだから面白い。

これ以上大崎に離される訳にはいかない水崎が、3本場で執念の500・1000。

ついに、オーラスを迎えた。

南4局
オーラス。ここで大崎の2着を許してしまうと、大崎の優勝がほぼ決まる。
親番の冨本、2着まで5200点条件の水崎に課せられた責任は重い。
冨本(東家) 3400
水崎(南家)22100
眞崎(西家)47300
大崎(北家)27200

水崎の配牌。
水崎(南家) 1巡目
 ドラ
ぱっと見、5200点以上は望めそうだ。
しかし、この後が難しい。

7巡目にテンパイ。
水崎(南家) 7巡目
 ツモ ドラ

前巡、大崎がを叩いて打としている。
大崎捨牌

冨本、眞崎の捨牌は特に早そうではない。
どうする。この局、水崎に与えられていた選択肢は、次の4択。

1.打即リーチ
ツモor大崎直撃で条件を満たす。
他家からのツモや大崎直撃は裏ドラ条件となってしまうが、手牌の形として裏ドラは乗りにくい。

2.を切ってダマテン
単騎で2600点テンパイ。大崎からの直撃のみアガれる。
ドラ引きや両面待ちへの手変わりもあり、良さそうなタンヤオ牌で単騎リーチをかけても良い。
デメリットとしては、そのままではツモアガりができないこと。

3.打でテンパイ外し
or引きで456の三色となり、条件を満たす。
但しを引けないとあまり意味が無く、柔軟性の面では選択肢2の方が勝っている。

4.3巡目の冨本のをチー
上家の冨本は前に出るしかない上に、仕上げは眞崎が助けてくれる可能性がある為、3巡目のを仕掛けてチンイツにいく手もある。
しかし、手牌に既に一盃口があり、タンピンも見えている為、やや仕掛けづらいか。

どの選択肢が良いとか、ここでは議論するつもりは無い。
長考の末、水崎は1を選択した。
自分の目からピンズの下がかなり見えており、は悪くない。
大崎が遅そうであれば、2を選択してゆったりと構えつつ冨本にもう少し親番をやらせる道もあるが、
既に大崎はをポンしてカンチャンを払っており、予断を許さない。
水崎の思考は、大凡こんなところであろう。

水崎のリーチの同巡にテンパイを果たした大崎が、全力で無スジを飛ばしていく。
大崎もここは退かない。勝負どころと踏んだ2人の、ツモる手にも力が入る。
水崎の読み通り、は山に2枚寝ていた。しかし、よりも早く、大崎が4枚目のをつかんでしまった。

水崎(南家) 10巡目
 ロン ドラ 裏ドラ(?)

水崎が、淡々とした口調でロンをかける。
最初から、大崎からは安目でもアガると決めていたのだろう。
倒された手を見て、対局者、観戦者、全員の目が、裏ドラに伸びる水崎の右手に注目した。

その裏ドラをめくる前に、野暮とは知りながらも、もう一度トータルポイントをおさらいしたい。
仮にここで裏ドラが乗らなかった場合、大崎2着、水崎3着で終わる為、最終戦開始時のトータルポイントはこのようになる。
大崎 +143.2
水崎 △3.4
冨本 △45.3
眞崎 △94.5

水崎の優勝条件は、「大崎と66700点差以上をつけたトップラス」。
大崎はトップ者を選びながら局を進めるだけで良い為、ほぼ大崎の優勝で決まりと言っていい。

しかし、裏ドラが一枚乗って、この手が3900点になった場合、水崎2着、大崎3着となり、最終戦開始時のトータルポイントはこのようになる。
大崎 +121.3
水崎 +18.5
冨本 △45.3
眞崎 △94.5

これだと、「大崎と22900点差以上をつけたトップラス(トップ-3着であれば44900点差)」で良い。
だいたいトップラスであればこのくらいの点差はついてしまうので、水崎は大崎とのトップラスに集中するだけで良くなる。
大崎も、漫然と局を進めるだけでは危なく、前に出てくるケースが多くなり、他家の反撃チャンスが増す。

この違いが、お分かり戴けるだろうか。

見えている枚数から、裏ドラが乗る可能性は約20.2%。決して高い確率ではない。

裏ドラに向かって伸ばす水崎の手に、様々な角度からの祈りがこもる。
結果はもう水崎の手から離れてしまったが、水崎がやれることは全てやってきた。
これでダメなら、最終戦また頑張ればいい。

水崎の右手が、王牌に到着した。
自らは意志を持たないその裏ドラが、ゆっくりと卓上に転がった。
―――

水崎(南家) 10巡目
 ロン ドラ  裏ドラ

水崎の応援者からは、落胆の声。大崎の応援者からは、安堵の声。悲しく曇る、水崎の顔。
しかし、ここまで作ってきた形に対して、結果を裏ドラに委ねた水崎を責める者はいなかった。

―――PCでニコニコ生放送を流していたリビング。夫婦の間に、諦めのような空気が流れる。
麻雀のことは殆ど分からないが、今年もダメだったことは娘の表情で分かる。
だけど今日も、きっと何食わぬ顔を作って帰ってくるのだろう。
憔悴しきった娘の背中を、モニター越しにそっとさすった。
スペアリブ用のお肉なら、もう既に買ってある。

14回戦結果 眞崎+67.3 大崎+5.2 水崎△15.9 冨本△56.6

(14回戦終了時トータル)
大崎 初音  +143.2
水崎 ともみ △3.4
冨本 智美  △45.3
眞崎 雪菜  △94.5

最終戦は、なんと11局で終わった。
連荘は、水崎が2回、冨本が1回だけである。
遥か彼方の大崎を追いかける3人に、漫画じみた大物手が入ることもなく、大崎は影も踏ませることもなく優勝を決めた。

女流雀王にかける想いの強さとか、それぞれの抱えている事情に、きっと優劣なんて無い。
今年は大崎の実力と戦略が一歩上をいって、それが展開にマッチした。
敗れた3人に明らかな失着があったとか、あの選択だけは間違っていたとかではなく、今年の大崎初音が強かった。
きっと、そういうことだと思う。

15回戦結果 水崎△31.0 冨本+57.6 大崎△31.0 眞崎+4.4

(15回戦終了時トータル)
大崎 初音  +112.2
冨本 智美  +12.3
水崎 ともみ △34.4
眞崎 雪菜  △90.1

 


冨本は、泣いていた。
女流雀王連覇は、冨本の一つの大きな目標であった。
女流雀王になってから、周りの人に勉強させて貰う機会も増え、自分の麻雀に自信が持てるようになったのに、肝心の結果を出せなかった。この一年間の努力が、冨本の目を真っ赤に腫らさせた。

でも、きっとこれは冨本智美というひとりの麻雀プロの、サクセスストーリーの一部なのだ。
一度敗れてから、一皮も二皮も剥けてまた女流雀王に返り咲き連覇すると、最高にカッコ良いと思う。今が有難い挫折の時だと考えて、水面下でもがいて、そしてまたここまで這い上がってきて欲しい。我々はそれを期待している。

 

―――冨本智美。2位で終了。

 


水崎は、2年前の女流雀王決定戦で敗れた時から、別人のように進化を遂げていた。
決定戦終了後、「自分が強くなれていたのだとしたら、それは親身になって鍛えてくれた周りのお陰です」と謙虚にコメントした水崎。
この2年間、綱川隆晃や渋川難波といった、当協会を代表する強者に麻雀を教わってきた。
最高の講師陣と、常に上を目指す水崎の姿勢が合わさって、ここまでの結果に繋がったのだと思う。
水崎はきっと近い将来、またこの舞台に帰ってくる。その時は、今よりもっと強くなっているに違いない。

 

―――水崎ともみ。3位で終了。


 


大崎の優勝が決まった時、誰よりも先におめでとうの声をかけたのは、大先輩の眞崎であった。
眞崎の麻雀力は言うまでもないことだが、その器の大きさや人間力に、我々後輩は見習うべきところがまだまだある。
ここに座っていたのが眞崎でなかったら、試合も場の空気も早々に壊れていたかもしれない。
またこの決勝の舞台で眞崎を見られることを、誰もが望んでいる。

 

――眞崎雪菜。4位で終了。

 

 

 

そして、大崎初音。
驚く事に、今回大崎は15戦3トップで優勝を果たした。
これは、トップ数だけで言えば4位の眞崎と同じなのだ。(冨本5回、水崎4回)
ただ、大崎はラスを1.5回(4着1回、3着4着同点1回)しか引いていない。
無駄な放銃が極端に少ないことも勿論だが、各家の着順を意識した決勝ならではの戦い方に一日の長があったように思う。

もうひとつ。
「トータルトップに立った時、オリてばかりでは狙われる」
これは、先日雀王二連覇を果たした、鈴木たろうがいつも言っていることだ。
結果はともかくとして、14回戦東4局1本場のような場面は、仮に押すという思考に辿り着いたとしても、
常人であれば「放銃したら終わり」が裏側に貼り付き、肝心の一歩を踏み出せないと思う。
いくところはいく。勝負どころを先延ばしにしない。
偉そうには言えないが、「強者」と「勝者」を兼ね備える人間は、この驚くほど単純な信念を大切に守っているのかもしれない。

代表の五十嵐から、トロフィーが手渡された。
史上初の、女流雀王3回目の戴冠である。
けれど、大崎にとって本当に大事なのは、優勝した回数ではない。
もっと強くなって、日本中の人に拍手を貰うことでもない。
「昨日の対局、すっごくカッコ良かったよ!」
麻雀教室の生徒さんの、自分を慕ってくれるファンの方の、その一言を聞きたいが為だけに、大崎はこの場所に居続ける。

父兄の見ている目の前で金賞を貰った子どものように、大崎は満面の笑みでトロフィーを掲げた。


(文・藤原 哲史)

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