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【ポイント成績】

順位
名前
TOTAL
1日目
2日目
11回戦
12回戦
13回戦
14回戦
15回戦
1
冨本 智美
121.3
46.1
-56.2
8.1
62.9
-55.1
61.0
54.5
2
崎見 百合
44.9
-79.1
250.1
-46.3
-17.8
-28.4
-17.5
-22.1
3
大崎 初音
-77.0
98.2
-65.0
-23.8
-53.6
1.8
8.2
-42.8
4
吉元 彩
-91.2
-71.2
-130.9
62.0
8.5
81.7
-51.7
10.4

【3日目観戦記】

1日目観戦記2日目観戦記|3日目観戦記|

※最終日の対局は、ニコニコ生放送で放映されました。

2日目を終えて、ここまでのトータルポイントは以下の通り。

崎見 百合 +177.0
大崎 初音 +33.2
冨本 智美 △10.1
吉元 彩  △202.1

初日を最下位で終えたものの、2日目の4連勝で見事トータルトップに立った、ベテランの崎見。
2着目に大崎、すぐ近くに3着目の冨本。
吉元は少し苦しくなってしまったが、最初に2〜3連勝すれば、まだわからないか。
そろそろ、互いの事情と戦略が、複雑に絡み合ってくる。

4人はそれぞれ、麻雀を始めたきっかけも違えば、これまで歩んできた道も、経験も違う。
それでも、自分がここまで努力してきたものを何か形にしたい、という想いだけは、4人の奥底で共通していた。

崎見、大崎は3度目の女流雀王を。
吉元、冨本は初出場、初優勝を。

時間になった。4人が、それぞれの席に静かに座る。
程良い緊張感が、深呼吸とともに卓上を漂った。

残りは、あと5半荘しかない。

 

★11回戦★(冨本→大崎→崎見→吉元)

東1局
最終日の第一局は、吉元のリーチ一発ツモ一通の2000・4000で幕開け。

10巡目 吉元(北家)
 ツモ ドラ 裏ドラ

今日まで手が入らず苦しんだ吉元であったが、まずは幸先の良いスタートを切った。

東3局1本場
「個人的には、吉元を応援したいですね。昨年の自分を見ているようで、つい力が入ってしまいます」

解説を務めている豊後は、昨年の女流雀王決定戦で、吉元の立場にいた。
手が入らず、展開に苦しみ、最終日までにひとり取り残されていった豊後は、誰よりも吉元の気持ちがわかっていた。

「さあ、その吉元ドラが暗刻ですよ」

9巡目にドラを暗刻にした吉元が、次巡冨本のをポンして、聴牌を取った。
10巡目 吉元(南家)
 ポン ドラ

を叩いた崎見にも、シャンポンの聴牌が入っている。

10巡目 崎見(東家)
 ポン ドラ

直後に、ピンフ聴牌を入れた冨本が、ほぼノータイムでリーチといった。
11巡目 冨本(西家)
 ドラ

トータルトップの崎見が行きづらい事を加味しての、冨本のリーチである。
目論見通り崎見はオリ、役無し聴牌を入れていた大崎もあっさりとオリた。
吉元VS冨本となったが、海底直前に冨本がをツモり、700・1300。

南3局
ラス前、点棒状況は以下の通り。
崎見(東家)20000
吉元(南家)30500
冨本(西家)31400
大崎(北家)18100

できれば、崎見をラスに落としたい。吉元にならトップを取られても良い。各人が、手元の点棒表示に目をやる。

親番の崎見が、8巡目に吉元のを叩いた。

 ポン 打 ドラ

実際には何でも無い二向聴なのだが、トータルトップである崎見の仕掛けは、三者にとって脅威に映る。
事実、上家で国士をやっていた大崎は、中張牌を切りきれなくなった。

しかしこの後、崎見に少し遅そうな河ができてしまう。その一瞬の隙を突いて吉元が、を横に曲げた。

13巡目 吉元(南家)
 ドラ

吉元がアガる分には構わないと、他家は次々と吉元の現物を河に並べた。
吉元も-を引くことができず、このまま流局かと思われたが、17巡目に冨本が切ったに、大崎の手が止まる。

…チー。

17巡目 大崎(北家)
 チー ドラ

大崎の狙いを理解するまでに、一瞬、間があった。
崎見がツモるはずであった海底牌を、吉元に回したのだ。
吉元の満貫ツモ以上で、親被りにより大崎と崎見の着順が入れ替わる。

もう鳴く事もできない崎見が、祈るようにを切る。
しかし、大崎の僅かな願いを託したその海底牌は、吉元の手元にしっかりと吸い込まれた。

18巡目 吉元(南家)
 ツモ ドラ 裏ドラ

首に手を当てる崎見。吉元と大崎、二人で作った3000・6000。

「これは凄い。2年前の大崎なら出来ていたかわかりませんね」
解説の五十嵐が唸る。

この局の大崎の配牌はこれである。

1巡目 大崎(北家)
 ツモ ドラ

ツモも噛み合わなかったこの手から、たった一つのチーで、崎見との点差を約20ポイント縮めた。
結果は水物としても、こういう努力は見ている者の印象に残る。
初めて女流雀王を戴冠した2年前から長く背中に貼り付いてきたフロックの評は、もはや無い。

南4局
オーラスを迎えて、点棒状況は以下。
吉元(東家)42500
冨本(南家)28400
大崎(西家)15100
崎見(北家)14000

このままの並びで終わらせたい大崎が、冨本のをチー。

12巡目 大崎(西家)
 チー 打 ドラ

前巡にドラを離しており、チー打牌がで、安手、側聴をアピール。
吉元、冨本は大崎に打つ選択肢ができたが、生憎は一枚も持っていない。
しかし次巡、大崎があっさりとをツモり、希望の並びで終了。

決定戦初トップをとった吉元は、次回以降に希望を繋げることができた。
3者に狙い通りのラスを押しつけられた、崎見の心境や如何に。

11回戦結果 冨本+8.1 大崎△23.8 崎見△46.3 吉元+62.0
11回戦終了時トータル
崎見 百合 +130.7
大崎 初音 +9.4
冨本 智美 △2.0
吉元 彩  △140.1

「子どもができたらプロを辞めなきゃいけないなんて、おかしくない?」
崎見は、酔っていた。
もう殆ど中身が入っていないグラスを、右手で握りしめる。

「私の時代の女流プロは、結婚して子どもができるとみんな辞めちゃった。
休場したら下位リーグから出場なんだもの。おかしいよね?出産という人としての幸せが、競技生活の上で障害になるなんて」
側にいた後輩の女流プロたちが、黙ってうんうん頷く。気付けば、殆どのグラスが空になっていた。

崎見は、昨年度の公式戦を全て休場した。理由は、2人目の子どもがお腹の中にいたこと。
休場すると、通常はワンランクリーグがダウンする。しかし、今年崎見は、リーグダウンすることなく復帰を果たした。

周囲の女流プロが、結婚と出産を理由に次々と辞めていく中、崎見はずっと「産休制度」の採用を主張し続けてきた。
その甲斐あって、産休制度が発足したのである。

「だからね、私は協会に産休制度ができた時、本当に嬉しかったよ。みんなも、結婚しても出産しても競技を続けていって欲しいと思うんだ」
これから先、何も知らずに協会に入ってくる新人は、産休制度はあって当たり前と思うかもしれない。
しかしその裏には、周囲からの理解も乏しい中で、必死に足掻いてきたひとりの競技プロがいたことを、我々は忘れてはならない。

「私自身はね、次の世代の踏み台でもいいの。それより、自分の子どもたちの時代の麻雀界が、今よりもっと素晴らしいものになっていて欲しいと思うよ」

空になったグラスの向こう側を見つめながら、崎見は静かに微笑む。
ひとりの選手の前に、ひとりの母として。長年Aリーガーとして君臨してきた勝負師の目は、そこにはなかった。

これから先、長く競技人生を送っていれば、不遇が続くこともあるかもしれない。どんなに気力が充実していても、いつまでもAリーグにいられる保証なんてどこにもない。

それでも崎見は、次世代を担う若い後輩達の、何より大切な二人の天使たちの、偉大なるAリーガーであり続ける。

 

★12回戦★(崎見→大崎→吉元→冨本)

東1局の流局後、冨本が1300・2600をアガって、東2局。

東2局
13巡目と遅めながら、冨本が先制リーチ。

13巡目 冨本(西家)
 ドラ

愚形だが、河に特徴が少なく、ノータイムで曲げた事から、強いリーチに映る。

次巡、聴牌を入れた崎見。

14巡目 崎見(北家)
 ツモ ドラ

冨本の河はこう。


(リーチ)

打ち出すは非常に危険に見え、巡目も深い。特別-がアガりやすい訳でもない。

しかし崎見は、一呼吸置くと、を切ってリーチを宣言。

「崎見さんの強さの一つは、勝負所を知っているところだと思います」
崎見と当たった事のある女流プロが、最終日を前に、そうコメントしている。

トータルトップのこの状況で、下位者のリーチに腹を括って向かえること。
これが、長年Aリーグに在籍している崎見の、一つの強さである。

直後に聴牌した親番の大崎がで飛びこみ、崎見が8000のアガり。

ちなみに大崎は打で聴牌が取れたが、どちらも放銃牌であった。

東3局1本場
尚も崎見は、手を緩めない。
9巡目にを切ってリーチ。

9巡目 崎見(西家)
 ドラ

-待ちにも受けられたのだが、強気にツモり三暗刻に受けてリーチ。

「崎見のリーチには打てない」を合言葉に、次々と3人がオリる。
結果、崎見の一人聴牌となった。タイトル戦決勝での闘い方を一番熟知している崎見が、じわじわと3人に圧をかけていく。

東4局2本場
ここまでの点棒状況は、下記。
冨本(東家)31000
崎見(南家)33800
大崎(西家)10200
吉元(北家)23000

トップ目は崎見。大崎が、一人離されている。

7巡目、ドラのを崎見がポン。

7巡目 崎見(南家)
 ポン ドラ

ここで崎見に8000をアガられてしまうと、他の3人は非常に厳しい。

しかしドラを切った吉元が、12巡目にリーチでぶつけにいく。

12巡目 吉元(北家)
 ドラ

-両方崎見の現物だが、とても山にいそうだ。

果たして、一発目に大崎がをつかんだ。
大崎は顎に手を当て考えるが、崎見にアガられるくらいならと、そのままを放り、裏1で8000の放銃。

ちなみに、リーチの一発目に無筋をつかんだ崎見は、暗刻のを切ってしっかりとオリている。
東2局に危険牌のを切って追いかけリーチをした時とのメリハリにも注目したい。

南3局1本場
冨本の3000・6000、大崎の4000オールを挟み、吉元が崎見から5800をアガった1本場。
東場で攻め続けた崎見も、3人の結託が思った以上に固く、加点できていない。
ここまでの点棒状況は、以下の通り。
吉元(東家)28500
冨本(南家)42900
崎見(西家)18000
大崎(北家)10600

それぞれ、満貫程度の打点が欲しいところ。

崎見が、5巡目にこの形からをスルーする。

5巡目 崎見(西家)
 ドラ

ポンしてしまえば、3900はすぐにアガれそうだが、満貫は厳しい。

だが直後に、はチーをした。

 チー ドラ

確かにから仕掛けるより、チーから入ると一通をつけやすくなる。また、一枚切れのも拾い易い。このあたりは、流石の一言である。
すぐにを鳴け、ホンイツイーシャンテンとなった大崎からがこぼれて3900。

オーラスは、全員で睨みあった結果流局。
冨本がトップで終了した。
ここまで連対している冨本が、じわじわと崎見に詰め寄っている。

12回戦結果 崎見△17.8 大崎△53.6 吉元+8.5 冨本+62.9

12回戦終了時トータル
崎見 百合 +112.9
冨本 智美 +60.9
大崎 初音 △44.2
吉元 彩  △131.6

吉元は、小さい頃から麻雀のプロを目指していた訳ではなかった。

吉元の思春期の頃の夢は、「生物学者」。
理由は、生物の先生が偉い人で、とても楽しい授業をしてくれたから。単純明快である。
テスト前には、友達とノートを見せ合ったりした。アルバイトで、コックとして働いたこともあった。
そう、吉元はどこにでもいる、普通の女の子であった。

ただ一つ、吉元には誰にも負けない特技があった。
小学生の時から、計算だけは早かったのだ。
例えば、3桁程度の掛算であれば、吉元は頭の中で瞬時に答が出せる。
計算のコツは、小さい頃母親に教えて貰った。
当時の担任に、「掛算と割算は筆算を使いなさい」と怒られたこともあった。
それはもう、一つの才能と言って良かった。

そんなある日、その「計算能力」と相性の良いゲームを見つけてしまった。
それが、高校生の時、友達の間で流行っていた「麻雀」だった。
出会ってしまえば、惹かれるしかない。高校の成績は目に見えて落ちていったが、不思議と、麻雀をやめたいと思ったことは無かった。

勿論、自分を大事に育ててくれた両親の事はずっと頭にあった。
両親は、自分の類い稀なる才能に、将来を期待をしていると思っていた。

そんな折り、吉元は誕生日に、父親から立派なボールペンを貰った。
彩がなりたいなら、学者でもいい、OLでもいい、麻雀のプロでもいい。
それは、吉元が将来何になっても使えるものだった。吉元にとって、一生の宝物になった。

しかし、自分の選んだ麻雀プロの道は、決して楽ではなかった。
後輩達が次々とトロフィーを掲げていく中で、自分だけが歩いているのに前に進めないような感覚に襲われる事も、しばしばあった。

そしてようやく今期、プロ6年前にして吉元は、待望の決定戦初出場を果たした。
ところが、吉元の特別な才能をもってしても、配牌と展開だけは思い通りにはならない。
気付けばトップと380ポイント近くの差をつけられて、最終日を前に一人取り残されていた。

この点差からたった5半荘で逆転できるほど、麻雀は簡単ではない。
それでも、自分が選んだ道の中で、何かを残したいという気持ちは変わらない。
逆転までのポイント推移を、何度も何度も頭の中で計算した。

最終日の1半荘目。吉元は人生で初めて、決定戦でトップをとった。
鞄からペンを取出し、揚々と手元にポイントをメモした。
しかし数字は、いつだって無情である。トータルトップにはまだまだ遠かった。

小さい時から今日まで吉元は、色んな夢を見てきた。色んな場所で、色んな経験をしてきた。
ただ、今の吉元には麻雀しかない。麻雀だけは、誰にも負けたくなかった。

少し傷の付いたそのボールペンを、吉元は誰にも見えないように、強く握りしめた。

 

★13回戦★(吉元→大崎→冨本→崎見)

東1局は、崎見が冨本からリーチ三色の5200をアガる。

東2局
15巡目、冨本と崎見の2人のリーチを受けて、吉元の手が止まった。

冨本(南家)捨牌


(リーチ

崎見(西家)捨牌

(リーチ)

15巡目 吉元(北家)
 ツモ ドラ

も二人には現物である。
吉元は小考した後、を切り出した。

注目すべきは、二人の河である。の後、は比較的通り易いが、の後、は打てない。(事実、は崎見に放銃)

初日、二日目と展開に苦しめられた吉元だが、丁寧に、出来る事を積み重ねていく。
次巡、を引き入れ打
直後にをツモり、聴牌で御の字であったこの手が、なんと2軒のリーチを潰すアガりとなる。

17巡目 吉元(北家)
 ツモ ドラ

南2局
吉元の小さな積み重ねに、ようやく展開もついてくる。
南2局には、会心の6000オール。

13巡目 吉元(東家)
 ツモ ドラ 裏ドラ

南4局
オーラスを迎えて、各家の点棒状況は以下の通り。
崎見(東家)19400
吉元(南家)52900
大崎(西家)21300
冨本(北家)6400

大崎は、鳴ける手、安手をアピールすれば、吉元、冨本から助けてもらえる可能性が高い。
その大崎が、5巡目に聴牌を入れる。

5巡目 大崎(西家)
 ツモ ドラ

リーチか。黙聴か。どうする。
掌を軽く握りしめ、河と手牌を交互に見つめる大崎。

-は良さそうだ。巡目が浅ければ、冨本からはすぐにこぼれる。
崎見が何をやっているかわからないが、-両方とも持たれている事は考えにくい。

大崎がゆっくりと、握りしめていた掌を開いた。
小さく息を吸い込むと、を横に曲げてリーチを宣言。
現状トータルトップの崎見と160ポイント近くの開きがあり、残り2半荘ということを考えると、少しの素点で後悔したくない。

しかし、大崎が山と格闘している間に、最も恐れていた、崎見のリーチがかかった。

11巡目 崎見(東家)
 ドラ

崎見の手は、リーチを受けて作った七対子。
大崎・崎見は1牌1牌歯を食いしばってツモ切るが、山にあった-は吉元・冨本に散らされ、流局となった。

大崎が黙聴に構えていれば生まれなかった幻のオーラス1本場であるが、ホンイツ七対子のイーシャンテンとなった崎見が、吉元のタンヤオドラ3に放銃。並びは変わらず終了となった。

吉元が好調である。対照的に、崎見が苦しい。
しかし、徐々に平たくなっていく並びが、観戦を面白くさせる。

13回戦結果 吉元+81.7 大崎+1.8 冨本△55.1 崎見△28.4

13回戦終了時トータル
崎見 百合 +84.5
大崎 初音 △42.4
冨本 智美 +5.8
吉元 彩  △49.9

冨本は、部屋を暖かくすると、テーブルの上にマットを敷き、四人分の手牌と捨牌を並べた。
ぬいぐるみは崎見、クッションは吉元、ポスターは大崎だ。

決定戦初日の前夜。冨本は高い熱を出した。
周囲に頭を下げながらも、2日間冨本は健闘した。
崎見に離されはしたが、なんとか優勝の見える3着目につけることができた。

幸い、最終日までは時間があった。
誰もいない自室で、麻雀牌をカチャカチャ組み替える音だけが、静かに響く。
私は、崎見さんみたいに上手くない。吉元さんみたいに計算が早い訳じゃない。
大崎さんみたいに決勝慣れもしていない。

私にできることは、これしかない。まだ止まらない咳を左手で押さえながら、一人で四人分の麻雀牌を何度も並び替えた。
決定戦2日間の再現と最終日のシミュレーションは、一日では終わらなかった。

時計の刻む音が、静かに室内を包む。気付けば冨本は、8筒を握り締め、机に突っ伏して寝ていた。

繰り返される浅い眠りの中で、先程悩んだ牌姿だけが、何度も頭に浮かんでは消えた。

 

★14回戦★(崎見→大崎→冨本→吉元)

吉元の大健闘で、全員に可能性が出てきた。
二連勝すれば、誰でも優勝できる。

東1局
6巡目に、大崎がを暗カン。直後に、冨本がリーチ。

6巡目 冨本(西家)
 ドラ 裏ドラ

ここに、親番の崎見が、ターツ選択で放銃、裏々で12000となる。
ピンズのターツは外しづらい為、これは致し方ないか。

しかし続く東2局、その崎見がリーチ七対子裏々を吉元からアガり、簡単に復活を果たす。

その後は大きなアガりも無く、冨本トップ目のまま南入。

南3局
親番の無い崎見・大崎は、できればここで一つ大きなアガりが欲しい。

10巡目の大崎。2副露でチンイツの聴牌。

10巡目 大崎(北家)
 チー 加カン ドラ

14巡目に冨本からもリーチが入るが、高め満貫の仕掛けを入れていた吉元が、大崎へ12000放銃。

14巡目 大崎(西家)
 チー 加カン ロン ドラ

南4局
前局のアガりで、大崎がトップ目に立ってのオーラス。
吉元(東家)8300
崎見(南家)22500
大崎(西家)36200
冨本(北家)33000

大崎の配牌。

1巡目 大崎(西家)
 ドラ

を叩ければ、アガりはすぐだ。

一方、冨本の配牌。

1巡目 冨本(北家)
 ドラ

大崎を捲るには、出アガり3900(3200で同点)、ツモアガり700・1300が必要。
スピードはそこまで悪くないが、条件を満たす「あと一翻」に、苦しみそうだ。

大崎が、8巡目に冨本のをポン。

8巡目 大崎(西家)
 ポン ドラ

さすがに大崎の優勝だと思われた。

しかし冨本が、条件がぐっと楽になるを暗刻にして、リーチを入れる。

9巡目 冨本(北家)
 ドラ

まだ条件付きのリーチではあるが、大崎はつかめば止まらない。
-は山に3枚。-は山に5枚。どちらが勝っても、おかしくは無かった。

ただ、リーチ一発目のツモにがいた大崎は、不運としか言いようがない。
ドラがだけにペンをケアし、と入れ替えて放銃。

10巡目 冨本(北家)
 ロン ドラ 裏ドラ

小さく微笑み、8000点を冨本の手元に置く大崎。
笑顔の一枚奥にあるはずのたぎるものを、周囲に微塵も感じさせない。

吉元と大崎は、少し苦しくなってしまった。
そして、最終戦開始時に187.1ポイントあった崎見と冨本の差は、僅か0.2ポイントまで縮まった。

いよいよ次が、最終戦である。

14回戦結果 崎見△17.5 大崎+8.2 冨本+61.0 吉元△51.7

14回戦終了時トータル
崎見 百合 +67.0
大崎 初音 △34.2
冨本 智美 +66.8
吉元 彩  △101.6

夕暮れ時、大崎は公園の近くを歩いていた。

おもちゃのスコップを持った子どもたちが、大崎の脇を駆けていく。
その後ろ姿に小さく微笑むと、大崎は鞄から携帯を取出した。
12/22は、女流雀王決定戦最終日だ。何度見ても変わらないポイントを、何度も確認する。
トータルトップの崎見まで、140ポイント。できるだけ意識をしないようにしても、前人未到である「女流雀王3連覇」が、頭から離れなかった。

ふと顔を上げると、先程の子どもたちが砂場でしゃがんでいるのが見えた。
手を泥だらけにして、砂を一生懸命こねている。その表情は、真剣そのものだ。

――本当に好きなことをやっている時の顔は、大人も子どもも変わらない。
綺麗にできた泥団子を見せ合ってはしゃぐ子どもたちを見て、先日、人生初の役満をアガって満面の笑みでピースをしていた麻雀教室の生徒さんを思い出した。

「また明日ね!」
おもちゃのスコップとバケツを持った子どもたちが、互いに手を振り合う。砂場に丁寧に残された泥団子を見て、大崎は目を細めた。

優勝の為に努力をしているのは、何が何でも勝ちたいのは、皆一緒だ。
女流雀王3連覇という目標に力む前に、ひとりの等身大の麻雀ファンとして。まずは、あの決勝の空気を楽しもう。最高の、麻雀の時間にしよう。

公園は一日の仕事を終え、あたりをゆっくりと静寂で染めていく。
買物袋を手に迎えにきた母親が、泥団子を嬉しそうに指差す子どもたちの頭を、一人ずつ撫でていた。

 

★最終戦★(崎見→大崎→冨本→吉元)

条件を整理しよう。
崎見と冨本は、着順勝負。
大崎は、崎見と冨本を3着4着に沈めつつ、二人より41300点以上の差をつけなくてはいけない。
しかし、大体60000点トップと考えると、そこまで非現実的な数字ではない。
吉元は最低でも110000点トップが必要だが、ラス親である。

最終戦は見ごたえがある為、全て全体牌譜を載せたいと思う。
興味のある方は一つ一つ牌譜を並べてみて欲しい。

東1局

大崎がドラ対子で面白い手牌であったが、冨本の七対子ツモ。

東2局

崎見の6巡目リーチに大崎が奮闘、同テンリーチに持ち込むが、崎見がツモって700・1300。

東3局

崎見のメンピン三色VS冨本のホンイツVS吉元のメンピン。
冨本が吉元に放銃、裏々で8000。
冨本、ツモならオリていたか。

東4局
崎見が、9巡目にドラのを重ねて、七対子を聴牌。
9巡目 崎見(南家)
 ドラ

は一枚切れ。着順勝負の冨本は、前局の8000放銃で沈んでいる。
6400を確実に拾うべく、ダマテンに構えた。
しかし同巡、冨本からリーチがかかる。

冨本捨牌

(リーチ)

一発目につかんだに、息を飲む崎見。
筒子の真ん中から上は、如何にも危険に見える。

「あの時単騎で即リーチをかけられなかったこと。今回の決定戦での、一番の失敗です」

後に崎見は、そう述懐した。
あそこで即リーチをかけていて、冨本に負けたのなら仕方がない。自分に出来る事をやりきって負けたからだ。
自信のある待ちなのに、いつもなら絶対リーチなのに、ダマテンに構えてしまったこと。それが今でも、崎見の頭から離れない。

冨本のリーチの一発目、崎見は現物のを静かに離した。その後に押し寄せる危険牌を全て受け止め、崎見は完全にベタオリをした。
結果だけ見れば冨本の一人聴牌だが、リーチの2巡後に、冨本はをつかんでいた。

余談だが、この局大崎は、史上稀に見る手詰まりを起こしていた。
少しでも安全牌を抱えていれば、というレベルではない。よくこらえた、と解説も漏らした。
時間のある人は、局面を再現して、リーチ後の大崎の手牌で打ってみて欲しい。私も含めて何人かは、で放銃してしまうはずだ。

南1局1本場
4巡目に崎見のチー、7巡目に吉元のチーが入っている。

11巡目、大崎のリーチを受けた一発目の冨本。
冨本は、前巡を叩いてポンテンを入れたところ。

11巡目 冨本(西家)
 ポン ツモ ドラ

大崎(南家)捨牌

(リーチ)

大崎の奇妙な捨牌とリーチ時の長考。七対子の単騎選択か。崎見との着順勝負を考えると、ここで大崎に放銃したくはない。
また、全員捨牌がおかしく、が山にいる保証はない。
しかし冨本は、ここを勝負どころと踏んだ。

腹を括って、を叩き切る。次巡のも、ほぼノータイムで押した。

冨本は、プロになってからの数年間、協会の諸先輩に麻雀を教えて貰った。
物覚えの悪い自分に、親身になって教えてくれた人たちがいた。冨本のことを思って、時には本気で怒ってくれた人もいた。

その人たちに優勝で応えたいなんて、偉そうなことは言えない。
それでも、成長した自分を見て欲しいという気持ちだけが、冨本に次々と無筋を押させた。

決着がついたのは、実に16巡目の事であった。
16巡目 冨本(西家)
 ポン ツモ ドラ

値千金の500・1000。
冨本がオリて、大崎の七対子リーチがアガれていたら、今後の展開はどうなっていたかわからない。

南2局

配牌は悪くなかったのに、ツモがついてこなかった親番大崎が、苦し紛れの聴牌連荘。
吉元が、ぶくぶくになった手牌から、3者の仕掛けに対してしっかりと対応していたのが印象的であった。

南2局1本場
大崎、最後の親番である。
前局首の皮一枚繋いで連荘したが、この親番が落ちてしまうと、大崎の優勝は事実上消えてしまう。

しかし大崎の配牌は悪い。聴牌も覚束ない中、無情にも6巡目に冨本からリーチが入った。
6巡目 冨本(南家)
 ドラ

凄い聴牌形である。崎見、吉元はすぐにオリた。
そして10巡目、これまで安牌で凌いできた大崎も、ついに危険牌を打ち出す時がきた。

10巡目 大崎(東家)
 ドラ

まず、聴牌をしなくてはいけない。単純だが、イーシャンテンに取れるのは、打か打だ。また、手の中に現物はしかない。

今年、第6期RMUクラウンの決勝で大崎と当たり、大崎の事を良く知っている川上貴史プロ(最高位戦)は、この局について、こうコメントした。
「2年前の大崎であれば、『聴牌しなきゃ』といって、安易にに手を掛けていたかもしれない。
絶対に聴牌しなければいけないあの局面で、懐深くリャンシャンテンに戻すのはとても勇気がいる。
結果的にはあの一打で、女流雀王は手放してしまったけれど、女流雀王としての2年間の成長を我々に見せてくれた、立派な放銃だった」

自分についてきてくれるファンの方々。自分の子どもや孫と変わらない年なのに、恭しく慕ってくれる麻雀教室の生徒さん達。大崎はこの2年間、多くの人に出会い、支えて貰ってきた。その中で、たった一つ、大崎が気付いたことがある。

2年前に優勝したあの日、自分が女流雀王になったのではない。
あの日から、周りが自分を女流雀王に育ててくれていたのだ。
周りが、自分を成長させてくれて、初めて『女流雀王大崎』と胸を張れるようになったのだ。
この2年間は、決して無駄ではなかった。今なら、自信を持って、そう言える。

小考の後、大崎は、静かに手牌の端に指を掛けた。
それは大崎が、女流雀王を手放した瞬間だった。

10巡目 冨本(南家)
 ロン ドラ 裏ドラ

1300は1600。点数以上に重すぎる、冷たい現実。
それでも大崎は、最後までしっかりと背筋を伸ばしたまま、リャンシャンテンの手牌をそっと伏せて、卓内に落とした。

南3局

いよいよ、崎見と冨本の一騎打ちとなった。
親番の冨本が、高めタンピンリーチで決めにくるが、山にいそうに見えた-はリーチの時点で一枚もおらず、流局。
冨本の一人聴牌となった。

南3局1本場
冨本30900。崎見21500。その差は9400点である。

8巡目の崎見の手。

8巡目 崎見(西家)
 ツモ ドラ

一呼吸置くと、崎見はを打ち出していった。やはりというか、周囲も、崎見がそう打ってくれるだろうと期待していた。
実際にはが既に無く、この選択は大正解なのだが、なんとこの手牌が最後まで聴牌することなく、流局してしまう。

オーラス勝負となった。

南4局2本場
得点状況は、以下の通り。
吉元(東家)31400
崎見(南家)20500
大崎(西家)17200
冨本(北家)29900
供託1本。

優勝条件は、
冨本:アガれば優勝
崎見:満貫出アガり、1600・3200ツモアガり
大崎:吉元以外からのダブル役満直撃
吉元はまずひたすらアガり続けるだけ。

崎見の配牌。

1巡目 崎見(南家)
 ドラ

決して良い配牌とは言えない。
それでも、この配牌を崎見は、ここまで仕上げた。

10巡目 崎見(南家)
 ドラ

ベテラン崎見の、最後の意地である。
同巡、ピンフ聴牌を果たした冨本が、ここまで絞ってきたを離した。

10巡目 冨本(北家)
 打 ドラ

しかし、そのに、崎見は微動だにしない。

「ポンしない!!」

解説陣も、大絶叫である。確かに鳴けば高め安めができてしまうが、3900直撃・満貫出アガりで優勝の局面で、なんという腰の重さであろうか。

しかし、13巡目に吉元がツモ切った2枚目のは流石に鳴いて打、聴牌を取った。
13巡目 崎見(南家)
 ポン ドラ

は場に一枚切れている。冨本から出ればアガれるは、山に二枚。
一方で、-が山に一枚だけ。

昨年の決定戦最終日、断トツでウイニングランを駆けた大崎は、既に目無しとなって静かに勝負の行方を眺めている。

14巡目。最後の力を振り絞って、吉元がリーチを入れた。ここにも、打てない。
リーチ棒を出す吉元を見て、崎見が一つ大きな呼吸をし、山に手を伸ばす。

長い勝負であった。2日目を終えて140ポイント以上あった崎見の貯金は、新鋭3人の結束を前に、全て使い果たしてしまった。
ベテラン崎見がここまで追い詰められるとは、誰も予想をしていなかったに違いない。
勿論追い詰めた側も、最後は自分が勝つ為だけに、ここまで見逃したり差し込んだりしてきたのだ。

もう4人とも、自分達ができることは全てやった。最後に優勝を言い渡す役目は、山に委ねられた。

ここにがいれば、崎見の優勝。
がいれば、冨本の優勝。

崎見が、ゆっくりと次のツモをめくる――。

 

「……今年一年、一生懸命勉強してきた成果を出せて良かったです。本当に、応援有難うございました」
泣き声に言葉が溶ける。

アガった瞬間は、まだ自分が優勝した実感が無かった。
誰からともなく拍手が起こった時、初めて体が追いつき、涙が零れたのがわかった。

最後の半荘まで、誰が勝ってもおかしくはなかった。最終戦をここまで面白くしたのは、今座っている4人の努力に他ならない。

ただ、山が最後に選んだのは、冨本であった。

10巡目 冨本(北家)
 ロン ドラ

第11期女流雀王、誕生の瞬間である。

 

「協会に入った時には、人に自分の麻雀を見て貰えるようになるなんて思ってもいませんでした。色んな人に成長させて貰えて、本当に感謝しています。来年は、自分の足でちゃんとここに戻ってこられるように、頑張ります。2年間、有難うございました。」
前女流雀王大崎は、静かにコメントを残した。
大崎は、きっとまたここに戻ってくる。それは、この2年間で大崎が出会った人たち皆が、心から望んでいることだからだ。

――大崎初音。3位で終了。

崎見のアガり牌である最後のは、なんと3人の中で唯一出ない大崎の配牌に潜んでいた。
今日の崎見は、3人の総マークにあったことに加えて、単純にツイていないケースが多かった。
しかし、崎見は今回で通算6度目の女流雀王決定戦出場である。すぐに崎見がまたこの舞台に帰ってくることを、我々は良く知っている。
「今回は私も初音ちゃんも残念だったけど、これで眞崎、朝倉、大崎、そして私が女流雀王二回ずつだね!三回目は誰が最初にとるか勝負だね!」
崎見は早くも、先を見据えていた。

――崎見百合。2位で終了。

吉元は、何かの糸が切れたように、その顔に疲れが押し寄せていた。
少ない逆転の可能性を追いかけて、一日中頭をフル回転させたのだろう。笑顔の奥に、憔悴を隠し切れない。
今回の決定戦では、終始ダメ配牌と展開に苦しめられてしまったが、緻密な計算によって裏打ちされた正確な打牌には、目を見張るものがあった。
初日から手が入っていれば、また結果は違ったかもしれない。

――吉元彩。4位で終了。

 

もう誰もいなくなった卓上に目を落とした。先程までの熱だけを失くして、嘘のように静まり返っている。

してはいけないと思いながらも、どうしても野暮な考えが頭を巡る。
もしもあの時。崎見がを一鳴きしていたら。冨本が先にをつかんでいたら。

オーラス、あの時のままで止まっている河と手牌は、もう何も言わない。

 

最後に、冨本について。

冨本は、毎日の雀荘勤務の傍ら勉強会にも積極的に顔を出したりと、とても勤勉家であることで知られている。
今回の決定戦では、最終戦の南1局1本場をはじめとして、要所できちんと腹を括れたことが、良い結果に繋がったのだと思う。
タイトル戦で優勝する上で最も必要な胆力を、彼女は備えていた。

しかし、道中では時折り危なっかしい手順や押し引きも散見された。
本人も自覚していると思うが、今以上に謙虚になり、自分の麻雀を客観的に見つめ直す必要があるだろう。

そう、女流雀王になって終わりではない。
これから先、流すべき涙がまだまだあることを、女流雀王の先輩である、崎見、大崎はよく知っている。
女流雀王の冠が冨本を成長させるか。はたまた、冨本を潰してしまうか。

女流雀王冨本の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

 

(文・藤原 哲史)

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