| 
 
                      
                        | 順位 | 選手名 | トータル | 1日目 | 2日目 | 3日目 | 4日目 |  
                        | 1 | 鈴木 達也 | 108.9 | 116.0 | -26.6 | 20.6 | -1.1 |  
                        | 2 | 五十嵐 毅 | 41.8 | 101.9 | -24.1 | -34.6 | -1.4 |  
                        | 3 | 須田 良規 | -60.0 | -35.9 | -118.2 | 46.0 | 48.1 |  
                        | 4 | 阿賀 寿直 | -93.7 | -182.0 | 168.9 | -34.0 | -46.6 |  3日目  →「前半観戦記」はコチラ  10分ほどの余裕をもって会場へ向かったところ、エレベーターで五十嵐と2人きりになった。軽く挨拶を交わしてだんまり。観戦記者ならここで談話のひとつでも取るべきなのだろうが、とても話しかけられる雰囲気ではない。
 選手の気合を肌で感じ、思わず身が引き締まった。
 会場入りした瞬間、もっか首位の鈴木が陽気に声をかけてきた。 「田中どうした田中。おれの応援か田中」「観戦記者ですって。この前言ったでしょ」
 「そうか応援か田中。まあ頑張るから見とけ」
 相変わらずまったく話が通じない。とたんに気分が緩んだ。 ふと気づくと、卓のほうからパチンパチンといい音がする。阿賀が打牌の練習をしているのだ。 相変わらずどっしりと構え、緊張の色はまったく感じられない。雀士というよりも、むしろ武道家のような雰囲気である。初日に絶望的なマイナスを叩くも、2日目には赤字をほぼ帳消しにしてしまったほどの豪腕を持つ阿賀。
 よい雰囲気を漂わせている。漢(おとこ)の麻雀が、今日も嵐を呼びそうだ。
 脇で若手と楽しそうに談笑しているのは須田だ。もっか最下位の焦りが少しはあるかと思ったが、なんのことはない自然体である。 この男と初めて会ったのは、もう6年も前になる。須田が勤めをエスケープし、毎日を麻雀に費やしていた時期である。50円の麻雀を月に600回も打ち、それでも場代負けしない安定感の持ち主だった。
 団体の催しでバッタリ顔を合わせたときは、なんとなく気まずかったのを憶えている。
 いまや雀王様か。こちらはパッとせずCリーグで降級するありさまだ。ところで実は、「ダースー」の愛称を授けたのは筆者である。
 誰が勝つかな。誰が勝ってもいいだろう。せっかくだから面白い麻雀が見れればいいな、などと勝手なことを思いつつみている。
 観戦者は未だまばらのまま、静かに11回戦が始まった。 2節終了時のトータルポイント鈴木  +89.4
 五十嵐 +77.8
 阿賀  −13.1
 須田  −154.7
 11回戦
 開局から、阿賀の連荘が小気味よい。5メンチャンの1300オールで軽く先制し、1本場はわずか5巡で1500は1800をアガってみせる。
              ドラ 
 須田はここからツモ切りの で放銃。 点数も安くどうということはないが、ゼロメンツのまま5巡で支払いとはじつに気分が悪かろう。
 思えばこれが地獄の始まりであった。須田はこののち、丸一日を通じて牌の巡りに苦しめられることとなる。
 続く2本場は、鈴木が喰いテンでサラリとかわす。そのまま親番を迎えた鈴木、3巡目にしてこのテンパイである。
              ドラ  いったん
  に切り替えたのち、  タンキでリーチといった。
       リーチ 異様な河ができてしまっているため、ション牌のダブ東待ちは避けていきたいのが普通であろう。
 選択の根拠は、のちに採譜者の大脇貴久が語ってくれた。鈴木とは10年来の親友であり、鈴木の麻雀をもっともよく知る男だ。
 「こいつは昔からこれやるんだ。先に仕掛けが入ってるときだけなんだよな」他家の仕掛けがなければ絶対にリーチはかけない。そう大脇はいう。
 この局は、須田が2巡目に を鳴いている。字牌を仕掛けた者は、さらに孤立した字牌を抱えて攻守兼用としていることが多い。 受けの牌は、リーチをかければ出が早まる。そこを狙って殺しにいくというわけだ。
 「おれは絶対にやらないけどね」大脇はそうも付け加えていた。
 しかし今回はこの“鈴木スペシャル”も空振り。 須田は仕掛けた時点で字牌を持っていなかったうえ、宣言牌の を叩いて果敢に向かってくる。        ポン    ポン   
 鈴木の現物にしてヤマに3枚生きという最高の待ちだが、この がじつに深かった。 ション牌の 、無筋の  と通すも、  を持ってきてギブアップ。  を打ってテンパイを外した。 仕方ないとは思うが、直後にやってきた
  がなんとも恨めしい。 そのまま流局して親の1人テンパイとなったが、須田はもちろん鈴木にとっても気持ちの悪い1局となったであろう。きわどい所を押していったものの、テンパイにたどりつけなかった阿賀も然り。
 2枚生きであった
  をすべて吸収し、降りきった五十嵐だけが気をよくしたか。  もしっかりと止めていた。 続く東2局1本場。              ツモ  ドラ 
 ここからの 切りがいかにも須田らしい。ドラの  はション牌であり、須田は西家である。 結局両面を引けなかったが、終盤
   とチーして  を落とし、阿賀の  を捕まえて1000は1300のアガリ。 東3局。              ツモ  ドラ 
 親の五十嵐、10巡目でこの手格好。前巡に をツモ切っており、点棒状況もまだ平たい。 筆者ならリーチをかけてしまうが、五十嵐はグッとこらえて打 のダマ。あくまで手役を志向する。 是非に関してはなんとも言えないが、この選択がのちにちょっとしたアヤを呼ぶことになる。
 12巡目、阿賀の手牌がこうである。              ツモ  ドラ 
 形だけ見れば 切りしかないが、  が3枚切れている。さらには、下家である鈴木の捨て牌にソーズが高い。 阿賀が選んだのは
  。  の薄さと、鈴木にドラ表を鳴かれるリスクをしっかりと踏まえた打牌である。 筆者なら深く考えずに
  を切ってしまうところだ。するとどうなるか。              ドラ  前巡このテンパイを果たした鈴木に、みごとハネ満を放銃している。
 攻撃派の阿賀がみせた意外なファインプレーだったが、じつは五十嵐がリーチならまた別の結果があった。
 
  は五十嵐の現物、  は無筋である。その場合は阿賀も親リーを立て、打  としたに違いない。 五十嵐の我慢と阿賀の細やかさが合わせ技となり、鈴木の大物手を阻止した格好である。譜としてはなかなか面白くなったと思う。
 次巡、五十嵐が
  を空切ってリーチ。確かにこのあたりで曲げておかないとまずいのだが、 これによって鈴木のアガリ目が再び浮上してきた。
 同巡、阿賀がこの形。
              ツモ  ドラ  五十嵐の河がこう。
       
       
  リーチ これはさすがに を打つかなと思ったが、阿賀はなんと  を叩きつけて追っかけリーチ。 この強気が放銃回避につながってしまうのだがら、つくづく感覚派である。しかし残念ながら、このカン
  はカラテン。 残り2枚の
  を五十嵐と鈴木がめくり合う展開になったが、こうなると頭ハネの利く鈴木が圧倒的に有利である。 しかし、ここで追っかけないのが鈴木流。「おれなら怒って曲げてるよ。誰がいちばん高いと思ってんだ」とは大脇談だが、筆者もやはり曲げぬであろう。
 2軒リーチに対抗するには、ちょっと弱い待ちに思えるからだ。
 実は鈴木の待ちがいちばん強いのだが、もちろん本人は知る由もない。
  いつでも降りる構えの鈴木だが、道中ちょっと面白い選択が発生する。
              ツモ  ドラ 
  がすべて見えているため、リーチ前に  と  を切っている阿賀には  ・  どちらも通る。 五十嵐は
  −  も  −  もありうるが、  の先切りから  絡みのシャボはない。
 同じ理由からカン もないようなものだが、  絡みのシャボはないわけではない。 さらには鈴木から見えている ・  ・  の枚数からみて、  −  の危険度はわずかながら  −  を上回る。 つまり は  よりも、ほんの少しだけ危険度が高い。 しかし基本的にはどちらも通っていない牌であり、同様に通りそうな牌でもある。
 長考ののち、鈴木は打 とする。これには思わず目をむいた。 危険度の違いはわかる。わかるのだが、それは本当に薄っぺらい紙3枚程度の差だ。
  を打てば、確実に3翻下がるのだ。 結果はすぐに をツモって2000・4000。「もったいない」と思うだろうか? あまり関係ないかもしれないが、そういえば五十嵐の入り目は
  −  であった。 東4局。ようやく親番を迎えた須田だが、ここから本格的に苦しくなりはじめる。10巡目にこの形。
              ツモ  ドラ  ドラドラのチャンス手だが、東を仕掛けている下家の阿賀がこの河。
       
    
 しかも   と続けて手出しである。イーシャンテンか、あるいはテンパイとみて間違いない。 リーチには比較的タンパクに押し引きする須田だが、他家の仕掛けには非常に敏感である。
 阿賀の捨て牌をみれば、この
  は簡単に降ろせない。では何を切る? 珍しく須田が長考に入る。 安易に
  を切れば、喰いタンへの道はかなり狭くなる。しかも  は2枚切れており、これを抱えてチートイツはいかにも厳しい。 
  もまだ切りたくない。マンズはそもそも選択肢に入らない。加えてこの手は、おそらく鳴かなければアガれない。 須田の選択は 落とし。もちろんこれも阿賀に危ないのだが、ギリギリまで  を切らずに手をつくる。 その後ピンズが快調に伸びて11巡目。              ツモ  ドラ 
 ここでフワっと を放す。安牌でも切るように、そっと投げ捨てていったのが印象的であった。 阿賀の声が「ロン」ではなく「チー」だったことに安堵した様子の須田。
 しかし3巡後に
  を持ってきてしまい、須田は再び頭を抱える。阿賀の河がこうだ。       
       
    
  チー時の打牌が  。  が手出しである。
 チーテンを前提に読むなら、阿賀の待ちはもう3パターンしかありえない。 すなわち −  、カン  、  となにかのシャボである。前のものほど危険度が高い。 ツモはあと1回。やめたいのは山々であろうが、まだチートイツをテンパイする可能性がある。 阿賀の 手出しをみて  を置く。安全牌の  にせず、少しでも重なりそうな牌を残していった。 続いて阿賀が をツモ切ると、やや遅めの「ポン」の声がかかった。 誰の声か? もちろん須田しかいない。だが鳴いてもテンパイしない上、須田のツモ番はなくなってしまう。
 何事かと思ったが、これが“インプットの選択”を重視する須田麻雀の真骨頂。損得を超えた須田の俺節である。
            ポン    ドラ  打
  。最後のツモ番を放棄し、場に  ・  ・  が打たれる可能性に賭けるというビックリ鳴きだ。 結果はむべなるかなの親流れとなったが、須田の麻雀観が端的に表れた1局であった。
 参考までに、阿賀のテンパイ形がこう。
        チー    ポン    最後のツモでテンパイを果たした鈴木の手牌がこう。
              河には不自然な
  と  があり、やはり  と  を止めていることが伺える。 そして南場は鈴木の独壇場となる。打点こそ低いものの着実にアガリを積み重ね、ダントツの形をつくる。オーラスには須田が本日初めてのリーチをかけたが、誰も降ろせずに全員テンパイ。リー棒損となる。
 そして迎えた南4局1本場。 点棒状況は須田 17800
 阿賀 14700
 鈴木 48700
 五十嵐17800
 8巡目に鈴木がリーチ。
       
   リーチ その1発目、親の須田。
              ツモ  ドラ  死ぬほど行きたいイーシャンテン。しかし鈴木のリーチがノミ手だとしても、一発に裏が乗れば地獄行きである。
 とりあえずの 落とし。すぐに  、  と引き、  を抜いてベタオリに向かった。 すでに降りはじめている五十嵐とは同点である。互いにノーテンで流局すれば、順位点を分けられる。
 須田の想いは「阿賀よ、打て」か。阿賀はもう行くしかなく、実際にかなりキツいところを通しはじめている。
 しかし結果は鈴木の1400−2700ツモアガリ。待ちは奇しくも、須田が一発目に掴まされた −  であった。 目下トータルラスの現雀王、いまだ冷静なり。カスカスの展開ながらも、どうにか根性で3着をもぎ取った。
 11回戦終了時のトータルポイント
 鈴木  +164.6
 五十嵐 +74.2
 阿賀  −59.8
 須田  −179.0
 12回戦 須田の雰囲気がよいな、と思ってみている。展開は苦しく、位置的にも厳しいのだが、気負いも苛立ちもあまり感じられない。
 東1局、その須田の親。              ツモ  ドラ 
 2巡目にペン のテンパイを外したのち、4巡目にこの形。 
  を切ると、次ツモも  。お得意のオーバーアクションでおどけてみせたが、すぐに  を引いて言うことなし。 即リーチで高目
  をツモり、2600オール。悪くない滑り出しである。 1本場は五十嵐の高目三色リーチに、鈴木が安めで飛び込んで5200は5500。鈴木はこれが本日の初放銃となった。 流局をはさみ、東2局1本場。              ドラ  親の五十嵐、4巡目でこの好形。しかしこれがまったく動かない。
  −  −  すら引かぬまま、先に鈴木のリーチが入ってしまう。
 先に追いついたのは須田であった。
              ドラ  この形で、むろんダマ。勢いよくドラをツモ切り、闘志を隠そうともしない。すぐに
  を引き、  −  に受け変える。 ふと五十嵐の手牌を見ると、 が1枚だけ右端に置かれていた。ソーズが入ると危ないか?              ここに、上家の須田から4枚目の
  が打たれた。五十嵐の動きが止まる。どうする? 鳴けば8000の放銃だ。 しかし場にピンズは高く、須田のテンパイ気配もぶんぶんである。親とはいえ、ここは行けない。グッと堪えて降りにむかった。
 すぐさま鈴木に
  をツモられたところで、五十嵐は「鳴けばよかった。  も通っていた」と思ったであろうか。 ファインプレーにもかかわらず気持ちの悪い結果である。本手を逃した須田もまた嫌なムード。
 この後は須田がノーテン罰符とかわし手で徐々に加点し、局を潰してゆく展開が続く。結局このままリードを守りきって須田がトップ。並びは須田・鈴木・阿賀・五十嵐の順となった。
 12回戦終了時のトータルポイント
 鈴木  +170.5
 五十嵐 +31.0
 阿賀  −79.9
 須田  −121.6
 13回戦 前回のラスが痛い五十嵐。須田の仕掛けがスピーディーに決まり始めると、五十嵐の重い麻雀はやはり後手を踏む。半ツキ気味で、展開にもあまり恵まれない。ここで五十嵐が落ちれば、首位走者の鈴木はだいぶ楽になってしまうが。
 東1局。               ドラ  親の阿賀が、4巡目に気持ちよく先制リーチ。一人旅なら鉄板なのだが、北家の五十嵐も早い。
              ドラ  ホンイツまで見たい手牌であったが、親リーが入ってしまっては厳しいか。
  −  が現物となっており、  が出れば叩いてかわしにゆきたいところ。
 と、上家の須田が を打つ。これは鳴くかな、と思ったがスルー。 次巡も須田は打 。都合5枚目の  −  だが、五十嵐はこれもスルーした。 すぐに を引き、追っかけリーチ。 安牌に窮した須田が一発で を打ち、裏も乗って8000。五十嵐ならではの重い手筋で、最速最高のアガリをものにした。 ちょっと雰囲気が変わりはじめたが、すぐに親の鈴木が阿賀から7700。鈴木にトップをとらせたくないのは誰もが同じであるから、空気は一気に緊迫する。
 続く東2局1本場。6巡目、須田が手なりの棒テンリーチで先行。
              ドラ 
  は鈴木に暗刻で、ちょっと苦しい。これに阿賀が打点を作って追いかける。
             
 2枚切れのカンチャンだが、ポロっとこぼれそうな場況でもあるか? 
  は五十嵐が1枚使っており、1枚対1枚という危なっかしいめくり合いである。ここに鈴木が追いついてしまったからたまらない。             
  を豪快に叩きつけてのリーチ。3軒目だけに  切りで  −  引きをケアする手もあったが、弱気ならそもそもヤミでいいのか。 
  −  は、残り2枚。さらに鈴木の参戦を見て、すでにテンパイを入れていた五十嵐もツモ切リーチと出た。
             
 決勝卓ではかなり珍しい4軒リーチとなったが、五十嵐だけはカラテンというのが悲しいところ。鈴木も
  のカンができない形なので、こうなると誰が勝ってもおかしくない。 結果は、須田が をつかんで終了。しばらく音なしだった阿賀の勝利は、観戦子としては少し意外であった。 東3局。4人リーチに打ち勝った勢いを駆り、阿賀が8巡目に先制リーチ。
              ドラ 
 これを受けた親の須田が、まさしく生き地獄のテンコシャンコに陥った。              ツモ  ドラ  一発目でこの形。阿賀の河がこうである。
       
   リーチ
 小考ののち、現物の 。フラットな状況なら何を切っただろうか? かなり難しいような気がする。 次巡、ツモ 。何事もなければ  ・  落としでよさそうだが、そもそもリーチがなければこの形になったかどうかもわからない。 腹を括って
  といった。叩きつけるでもフッと置くでもない、いい音で打ったのをよく憶えている。 次巡
  ツモ切りのあと、  が入って最初のテンパイ。              ツモ  ドラ  
  が完全無筋であれば、  切りでジャンケンリーチと行ったかもしれない。 だが今は
  と  が通っているうえ、  −  にはまるで手ごたえのない状況。 ひとまず
  を打ってフリテンの  −  に受ける。むろんヤミである。
 同巡、鈴木の追っかけリーチ。ここで1勝をあげることの価値を知りつくしている鈴木は、守ることなくどんどん攻めてくる。              ドラ  4枚生きの
  −  は、かなり強い。
 さらに同巡、須田は を引く。少考したのち、決意の  切りリーチとでた。              ドラ  数多の選択を重ね、意思をもってようやく辿りついたこの
  −  は、なんとカラテン。 付け加えるなら
  −  もカラテンであった。これはちょっと悲しすぎる。
 結果は阿賀が高目をツモって1300−2600。これにて須田は6900点持ちのダンラスとあいなった。 須田にアガリ目があったとするなら、やはり ツモ時の  ・  落としか。これだと4000オールになっている。 あるいは一発目にドラ切り。これでも2600オールになる手順があったが、どちらもあまり現実的ではないと思う。
 この後は、阿賀と五十嵐が互いに親を蹴りあう展開。ここまで誰も“良い親番”を引けていないあたり、さすがに試合巧者が揃っている感じである。
 南2局。9巡目、親の鈴木が先行リーチ。
              ドラ  いつツモってもおかしくない感じだ。これに須田が立ち向かっていったのは10巡目。
              ドラ 
 三色ならずの出来損ないリーチにみえるが、鈴木の河に 、須田の河には早々に  があり、悪くない待ちとなっている。 これに阿賀が一発で飛び込み5200。通りそうにみえるし仕方ないのだが、鈴木の次ツモは
  であった。 須田はできれば鈴木のほうからアガりたかったか。
 ポイント的に阿賀のトップが望ましいという状況もあり、アガってなお気持ち悪いムードが続く。
 南3局は、その須田が親番である。先制リーチはまたしても鈴木。
              ツモ  ドラ 
 ここからノータイムで を曲げてゆく。 同巡、須田の手牌。              ドラ  
  −  を引けば一発放銃か。というか、これはだいたい放銃のような気がする。
 しかし、ここは鬼の 引きでいったん助かった。通りそうにみえる  を打たず、強気に  切り。 こうなると須田がかなり強いのだが、次巡まさかのラス
  をつかまされてしまった。 さらに無筋の
  を払って気合をみせるが、もう  も  もヤマにはない。あとは放銃するか、  を切ってアガれないかだ。 だが、この時点で7枚生きていた
  −  は、なんと1枚も須田に回ってこないまますべて場に放たれるのだった。 本人にとっては胃が痛い風景だろうが、これ実はかなり助かっている。
 しかも阿賀が最後のツモでテンパイを果たし、ハイテイ前に鈴木から5200を討ち取るというおまけもついた。
 須田にとっては悪くない並びができつつあるわけである。しかも、これで3着目の鈴木と7800差だ。
 オーラス。点棒状況は五十嵐 32000
 阿賀  34000
 鈴木  20900
 須田  13100
 五十嵐はとにかく加点しにゆくだけだが、鈴木に対しては降りることもあるだろう。阿賀はできれば鈴木の着順を上げたくない。自分がトップ、須田が3着の並びが理想か。
 鈴木はマンガンをツモれればラッキーだが、基本的には3着を守りたい。
 須田はとにかく3着をめざすのみ。トップは阿賀に取ってもらったほうが好都合だろうが、
 まだ意図的に選んでゆくほどの状況ではなさそう。
 10巡目に五十嵐がリーチ。              ドラ 
 同巡、須田がこの苦しい形。              ツモ  ドラ  マンガンで3着になれるため
  を押してもよさそうだが、  がフリテン。 現物の
  を切ると、次ツモが  。今度はスジの  を打っていく。 すると次巡は
  を引いた。こじれそうな牌姿だったが、あっというまに条件クリアのテンパイである。
              ドラ  力強く
  を叩き曲げると、勢いあまって入り目の  が倒れた。すると一発目、五十嵐のツモが  である。 ハネ満を打てばラスまで落ちる五十嵐、これには肝を冷やしたか。めずらしく強目に叩きつけたが、これはご愛嬌の大通し。
 2対3で須田に分があるめくり合いだったが、まあ大差なしか。五十嵐が安目をツモって裏1枚。
 1本場は阿賀と須田の2軒リーチとなるも、流局。並びは五十嵐・阿賀・鈴木・須田の順。五十嵐にとっては数字以上に大きなトップである。
 13回戦終了時のトータルポイント鈴木  +149.4
 五十嵐 +88.0
 阿賀  −67.9
 須田  −171.5  供託  +2.0
 14回戦 この回でラスだと、須田はそろそろ厳しくなってくる。その場合は、残り6戦で最低5勝が必要か。これはあまり現実的な数字ではない。
 3者から標的にされつつある鈴木も苦しい。そこまで抜けているわけでもないのだが、やはり皆どこか鈴木を意識した打ち方になっている。
 首位戦線に踏みとどまった五十嵐も、ここが剣ヶ峰。比較的自由に闘えるのは、やはり阿賀か。 起家の鈴木が7巡目にリーチ。これが終盤までもつれたところで、須田がドラの を叩っ切って追いかけた。           カン     ドラ   残りツモ1回で、この形からである。
 機があれば鈴木を叩きたいという気持ちはわかるが、これはちょっと見合わない気がしなくもない。
 須田の指先、やや熱いか。結果は2人テンパイで流局。
 1本場は、ピンフのみで阿賀が軽く流す。続く東2局、その阿賀が12巡目にこのテンパイ。              ドラ  ファン牌がまったく見えていない不気味な場につき、ダマを選択。2巡後に須田からリーチが入るも追いかけず、慎重に押してゆく。
 直線的な攻めを得意としながら、時折このようなイナシを入れてくるのが阿賀のおもしろいところ。
 あがれそうな雰囲気もあったが、ここは早くして場の異常さに気づいた鈴木と五十嵐の好判断。
 2人ががりで全種類のファン牌を握り潰し、そのまま流局となった。
 東3局。親番をむかえた阿賀が3本まで積むも、ここではほとんど加点できず。
 ようやく入った親満のテンパイも、須田にあっさりとかわされた。
 東4局は、五十嵐に大物手が舞い込んだ。
              ドラ  8巡目でこう。すべてのトイツがまだ1枚以上生きている。西家なので、仕掛けてもハネ満確定である。
 注目の牌姿だったが、まったく動かぬまま鈴木に3900放銃となった。
              ロン  ドラ  高目三色というのもあるが、それよりも
  −  の薄さをみてのダマテンである。 バタバタと鳴きが入った末に五十嵐がつかまされる展開となっており、リーチならもつれた可能性も高い。
 その場合は、五十嵐の大物手が成就していたかもしれない。これは点数以上に大きなアガリとなった。
 南入。依然として細かいアガリが続く。この日ずっと続いていた“スモールマージャン”的展開を打ち破ったのは、やはりというべきか豪腕・阿賀であった。
 南3局、阿賀の親番。
              ドラ  7巡目に鈴木がこのリーチ。手応えもクソもない。この巡目で役無しのリャンメンを張ったら、リーチをかけねば麻雀にならぬ。
  だが、これが思わぬダメージに繋がった。12巡目に  をアンカンすると、すぐさま阿賀から追っかけが入る。
              ドラ  
 ここでキーマンとなったのが、すでにベタオリしつつも安牌を切らしていた須田であった。              ツモ  ドラ  
 完全安牌は1枚もなし。情報としては の4枚切れがあるものの、ドラが  なので  の安全度は低い。 ソーズの下もまったく切れていない。
 筆者ならそれでも に手がかかる状況だが、須田は  をアンカンして安全牌を掘り起こしにゆく。 ところがリンシャンから持ってきた牌は、安牌どころか阿賀の当たり牌である
  。いよいよ大ピンチとなった。 長考の末、阿賀の現物である
  を切った。こうなったら並びがどうとか言っている場合ではない。 フラットな麻雀であれば、ここは親の現物を追ってゆくしかないだろう。
 そして同巡、鈴木が を力なく河に置いた。              ロン  ドラ    裏    須田のカンでさらにドラが乗り、メンピンドラ4の18000点となった。
 この日を通じて初のハネ満であり、鈴木にとっては本日初の高打点放銃でもある。
 ここまで大事に大事に致命傷を避け続け、コンスタントに良いアガリを積み重ねてきた鈴木。尋常の麻雀であれば、この優位は覆されようがなかったはずである。だがこれは優勝しか意味のない決定戦。
 隙のないところに隙をつくるため、3者が結託することもある。五十嵐が降り、阿賀が手をつくり、須田が種をまいた。
 点数以上に大きな大きな18000点である。鈴木優位のムードが一気に動く。
 風が、戦ぎ始めた。 1本場は、五十嵐が力強くドラをツモって2100・4100。オーラスも阿賀が5メンチャンのヤミテンをものにし、あっさりと終了。
 並びは阿賀・須田・五十嵐・鈴木の順。下位走者のワンツーフィニッシュを皮切りに、ここから試合はますます盛り上がりをみせる。
 14回戦終了時のトータルポイント
 鈴木  +94.0
 五十嵐 +65.1
 阿賀  +5.2
 須田  −166.3  供託  +2.0
 15回戦 3日目最後の半荘。初日に180ポイントを超えるマイナスを食らった阿賀だが、気づけば黒字の世界に突入している。初日から着々とマイナスを増やし続けている須田も、ここでトップを取れば初めて1日単位での浮きとなる。
 そうなればもう、明日は混沌である。いよいよ誰が抜けてもおかしくはない。
 阿賀の起家で開局。鈴木が早い巡目で  をポンポンと叩き、不穏な空気をかもしだす。 5巡目にして河がこう。     
 鈴木の手牌がこう。        ポン    ポン    ドラ 
 ソーズのカンチャンを手出しで払い、  ポンにもかかわらず  まで余らせている。 5巡目とはいえこれはさすがにテンパイの河であるが、阿賀があっさりと放銃して開局早々のハネ満。
              ツモ  ドラ  親でこの形では仕方ないか。
 この巡目でまわるのは阿賀の雀風にそぐわないし、このスタイルを貫いてきたからこそ、阿賀の現在がある。
 東2局。
              ドラ  南家の五十嵐がこのクズ配牌を丁寧にまとめ、テンパイ一番乗りを果たす。
              ドラ  しかし、時はすでに15巡目。いいタンキにめぐり逢えぬまま、須田に1300オールをツモられる。
              ツモ  ドラ  須田はここからドラをそっと置いてダマ。結果一発ツモだったが、こちらも16巡目と遅いテンパイである。
 ツモ番はあと2回しかない。ドラを鳴かれた場合、次ツモによっては降りもあるだろう。
 また、他家に注目がいくほど
  −  が拾いやすい場況にもなっている。 須田に“感性の一打”はない。ここはダマ以外ありえぬはずである。
 続く1本場、阿賀が気の利いた仕掛けをみせる。              ドラ  ここから6巡目に
  をチー。あわよくばの匂いすらしない、完全なブラフ鳴きである。 染め手というよりはドラ含みのチャンタを演出し、上家の鈴木以外をも牽制してゆく狙いか。
 案の定、この鳴きが須田と五十嵐の鳴きを誘発した。
 両者ともにメンゼンテンパイの狙える好形であったが、ドラがない以上かわしに行かざるを得ない。
              ドラ  ここから
  を鳴いてしまう五十嵐。鈴木も受け気味の手筋をとらされ、最速のテンパイを逃している。 アガリはそのまま五十嵐だったが、阿賀の戦術眼が光る1局となった。豪腕だけでは勝ち残れないということか。
 阿賀は次局も同じような戦法に出たが、2度目はさすがに咎められた。鈴木と五十嵐に続々と好牌が集まり、2軒リーチに挟まれる。結果は鈴木の1300・2600ツモアガリとなった。
 東4局は、須田が鋭いアガリを決める。
              ツモ  ドラ  
  −  のリーチでよさそうだが、親の鈴木が  ポン・  ポンと仕掛けてピンズ気味。 ここは
  ・  と外し、あがりやすいタンキ巡りの旅に出る。すぐに  を引いて狙い通りの待ちとなった。 いったんはダマでノミ手を拾いにゆくが、阿賀の
  ・  落としを見てツモ切りリーチ。 この
  は、阿賀が使っていなければほぼ丸生きの牌である。見事ツモって裏1の2000・4000。読みどおりの3枚生きであった。
 南入。技術点の高いアガリに触発されたか、今度は鈴木が魅せにゆく。
 6巡目、須田がこの河でリーチ。
       リーチ 2枚目の は手出しである。 これを受けて、鈴木は一発目に
  切り。次巡、そっと  を河に置いた。 このとき、鈴木の河はこう。      
 点棒状況的に、鈴木は決して須田に振りたくない局面である。
  を押してきた根拠はなにか。おそらくは、国士。一瞬にして場が凍る。           ポン    ツモ  ドラ  9巡目に阿賀がこう。鈴木が気になり、ちょっと字牌が切り出しにくくなっている。
 リーチ後に通ったドラの
  と、2枚切れの  をみて打  とする。 苦しいながらも悪くない選択にみえたが、これがあえなく須田のカン
  に放銃。 ドラが頭で5200の失点となってしまう。
 ちなみに鈴木の手はクソミソの国士リャンシャンテン。 の並べ打ちをみて、1牌でブラフをかけにいったのだ。 採譜用紙には「オリろ馬鹿!」と大脇の文字で書かれている。
 筆者もまったく同感だが、おもしろい結果を呼んだこともまた確かである。
 が、人を陥れると、決まって良くないことが起こるものだ。次局、わずか6巡目にして鈴木は阿賀にヤミハネを放銃してしまう。
              ロン  ドラ  なんと、高目なら倍満のお化けテンパイ。因果応報とはこのことか。
 その後鈴木もやや盛り返すが、オーラスは阿賀の1000点仕掛けに須田が差し込んで終了。
 阿賀は4着のままだが、ポイント状況をみて須田にトップを取らせる好判断。これで鈴木はますます苦しくなった。
 15回戦終了時のトータルポイント
 鈴木  +110.0
 五十嵐 +43.2
 阿賀  −47.1
 須田  −108.1  供託  +2.0
 とまあ、そんなこんなで雀王決定戦の3日目は幕を閉じた。 もっか首位走者の鈴木は確実にポイントを伸ばしているものの、追撃をまったく振り切れていない。須田だけでも目無しに追い込んでおければ、最終日の闘い方はまったく違ってきたはずである。
 “鈴木優位”のムードは、もはや無いようなもの。このプレッシャーが明日、どう作用してくるか。
 ポイントはやや目減りさせたものの、五十嵐もしぶとく立ち回った。今日一日中ついてまわった投手戦の様相は、この重い重いクラシックな打ち筋によるところが大きい。
 イメージとは裏腹に、プレイヤーとしてのプライドは人一倍高い五十嵐である。もっとも雀王の座を熱望しているのは、この男か。
 阿賀の豪腕もまた、スリリングな場面をたびたび演出してくれた。鈴木一色のムードを打ち壊した、あの18000。突然やってきた5巡目のダマッパネ。
 どちらが欠けても鈴木圧勝の形が出来ていたはずである。本日もっとも鈴木を苦しめたのは阿賀であったろう。
 最後のラスは痛すぎたが、一発で雰囲気を変えてしまう力を持っているのが阿賀だ。最終日も、この男の膂力から目が離せない。
 そして本日のMVPは、間違いなく須田であろう。牌のいたずらに弄ばれながら、みごと2度のトップをものにした。決して楽ではない局面を、丁寧に丁寧に打ちまわしてアガリを拾っていった。楽な手牌などひとつもなかったはずである。
 筆者ならとっくに切れてしまっているだろう。それほど今日は苦しい場面が多かった。
 その裏には「連覇したい」という欲よりもむしろ、「試合を壊したくない」という責任感に近いものを感じることができた。
 真摯に闘う者には、きっと追い風が吹く。あす最も注目すべきなのは、もっか最下位のこの男かもしれない。
 決着は、明日。泣いても笑っても勝者はひとりである。
                     4日目観戦記
 「田中田中。作戦があるぞ田中」 会場入りするなり声をかけてきたのは鈴木である。どうせロクな作戦ではないのだが、観戦記者なので聞かざるを得ない。 「どういう作戦で?」「これはすごいぞ。最初の半荘で五十嵐さんをラスにして、おれがトップをとる」
 「それはただの願望でしょうが」
 「名づけて1・4(ワン・フォー)作戦。田中これはすごいぞ田中」
 「…で、具体的にはどうするんですか」
 「だから五十嵐さんをラスにして、おれがトップをとるんだよ!」
 やはり聞くべきではなかった、 各選手の雰囲気は、昨日とまったく変化なし。
 五十嵐はピリピリ。鈴木は陽気。須田は自然体。阿賀は相変わらず打牌の練習に余念がない。
 観戦者もだいぶ増え、いよいよ決定戦らしい空気になってきた。立会人がおごそかに開始を告げる。さて、1・4(ワン・フォー)作戦の成否やいかに。
 16回戦
 のっけから鈴木が良くない。降り気味に進めた終盤だったが、阿賀の地獄タンキに捕まり9600の放出。              ロン  ドラ  8巡目と早いテンパイのため、地獄ではリーチに行きにくいか。
 昨日ことごとくチートイツに嫌われた鈴木を、あざ笑うかのような直撃でスタート。
 1本場は五十嵐が堅守をみせ、阿賀と鈴木の2人テンパイで流局。           ポン   
 10巡目、この形から を鳴かず。 リャンメンチーから仕掛けた須田の最終手出しが であり、3枚使いの  はもう切りたくない状況である。 テンパイなら勝負でもいいと思うが、この呼吸がここまでの好勝負を演出してきたのだろう。
 2本場は阿賀が鈴木のリーチに真っ向勝負し、5200は5800の放銃。ここで臆病にいかないのが阿賀である。
 東2局、今度は親の鈴木が腰の重さをみせる。11巡目、須田のリーチを受けてこの形。
              ドラ  おっかなびっくり押しながらいつでも降りる構えだが、
  ツモで腹を括った様子。4軒スジの  を叩きつけてゆく。
 ここに上家から が放たれた。どうする?  は3枚切れ、  は宣言牌  のまたぎ筋。 筆者ならチーしてシャボ受けとするが、鈴木は微動だにせず。2巡後あっさり を引き入れ、当然のダマ。 これに五十嵐が高目で飛び込み12000。トイツ落としの最中にテンパられては仕方なし。
 1・4(ワン・フォー)作戦、成就に一歩近づいたか?
 しかし次局、鈴木はあっさり五十嵐に8300を献上してしまう。        ポン    ポン    ロン  ドラ 
 好形のイーシャンテンから8巡目に放銃。マンズならまだしも、1枚切れの字牌では止まりようがないか。 次局も五十嵐は2000・4000をツモってさらに加点。
 迎えた親番で絶好の
  タンキリーチと行くも、これはなんと王牌に阻まれ流局。2枚死にであった。 タンヤオで仕掛けはじめながらも、異常な河をみてキッチリ
  を止めた鈴木の堅守も光る。
 1本場は阿賀が2100−4100。鈴木のチーテンと五十嵐の形テン取りが合わさり、極薄の
  −  をツモられた格好となった。 どちらも必然のチーにみえたのだが。鳴きの怖さを痛感させられた1局である。
 南入。阿賀の親番は須田がさっさと蹴とばし、続く南2局。
        ポン    ポン    ドラ  このテンパイは西家の五十嵐。まったく出てこないとみるや、14巡目に地獄の
  と受け変えた。 途端に
  を合わせる鈴木の辛さがうらめしい。けっきょく  はまたしても王牌に止められ流局。
  −  のままならツモっていたというおまけもついて、五十嵐にとっては非常に気持ちの悪い1局となった。 が、次局すぐに2100−4100をツモって払拭。これにて五十嵐はトップ目に立ち、オーラスの親を迎える。
 ここでも五十嵐はじっくり加点を重ねたあげく、5800テンパイがアガれないとみるや手牌を伏せて終局を選択。押せ押せムードもなくはなかったが、2着目の阿賀と7300点差では致し方なしか。
 鈴木をラスのままにしておく意味合いもあったろう。
 鈴木は南場まったく手が出ず、オーラス渾身のリーチも不発で終了。並びは五十嵐・阿賀・須田・鈴木の順。
 「4・1(フォー・ワン)作戦でしたっけ?」と皮肉を飛ばしてやるべきだったが、筆者にそこまでの度胸はなかった。
 16回戦終了時のトータルポイント
 五十嵐 +105.6
 鈴木  +61.8
 阿賀  −35.6
 須田  −134.8  供託  +3.0
 17回戦 ここまで3日間、15回半荘の長きにわたって首位を守り続けてきた鈴木が、ついにその座を五十嵐に明け渡した。1対1対1対1の戦いが、ときには2対2や3対1にもなる麻雀の恐ろしさである。
 「どうよ、鈴木選手は」「良くないね。今日がいちばん内容悪い」
 採譜者の大脇が、首を振った。 ここまで粘り強く闘ってきた須田ではあるが、この半荘で3着以下ならほぼ3連勝条件となってしまう。目無しの須田はあまり見たくない。東1局、起家はその須田である。
              ドラ  形テンをあまり好まないはずの須田が、めずらしく14巡目に
  をチー。 あわよくば234のアガリがあるとはいえ、見切り形テンと解釈して問題ないだろう。
 直後、阿賀がラス牌の をツモって500・1000。 本人はまったく意識していないと思うが、須田の鳴きでツモらせてしまうパターンは昨日からたいへん多い。
 ここまでくると、ひとつのアヤである。これを断ち切れれば浮上のきかっけになるか、などとわかったようなことを思いながらみている。
 
  東2局、須田の配牌はこの苦しさ。
              ドラ  どうやってもアガれそうにないまま半端に手を膨らませ、9巡目に鈴木のリーチが入るという最悪の展開。
              ツモ  ドラ  何を切る? もちろん安牌はない。長考したのち、須田が叩き切ったのは
  。
 直前に通った を頼りに、2枚ある牌を選んだわけだ。 場の見え方は人それぞれだが、筆者はこれ、真っ先に選択から消した牌である。 鈴木の河には がポツンとあるだけで、いかにもな裏筋であるうえに4枚使い。実際に入り目でもある。 では筆者ならどうするのかというと、まあ「ハジッコ伝説」などといいつつ
  をツモ切るしかなさそうだ。あとは野となれ山となれ。 次巡、 を引いてワンチャンスの  。危険牌を引かぬまま  が入り、  勝負でテンパイを取る。 むろんリーチはかけないが、このカン
  を鈴木が掴んでまさかの2600ゲットとなった。 これ一発目に を通せていないと、おそらくテンパイまで辿りつけていない。 点数こそ安いが、際どい手順で要局を制した格好の須田である。
 東3局は、親の鈴木が阿賀の5巡目リーチにあっさり5200の放銃。
              ツモ  ドラ  10巡目、この形からツモ切りである。誰でも打つとは思うが、機械的でなんとも嫌な感じの失点だ。
 筆者が不調を自覚するのはこんなときだが、鈴木の胸中は、果たして。
 流局をはさみ、東4局1本場。4巡目、須田の手牌がこう。
              ツモ  ドラ  この形から、打
  。
 一気呵成のチンイツまで見たか? 須田には珍しい類の選択であったように思う。 しかし7巡目、阿賀の親リーが行く手を阻む。それを受けて8巡目、須田の手牌がこうなった。
              ツモ  ドラ  安牌はなく、ちょっと追い込まれた感じの手格好である。どうする? 情報は無きに等しい。
 腹を括ったか、マンズターツに手をかける。 が通っているので  から。 直後に五十嵐から出た
  をポンし、牌も割れよと  を叩きつけてゆく。 すぐに五十嵐から
  を討ち取り、値千金の12300。リー棒のおまけつきである。              ツモ  ドラ 
 五十嵐はこの形から を鳴かせ、次巡  ツモで打  。これは一体どうしてしまったのか? まず
  ツモの時点で  がフリテン。この手では、親リーに通っていない  を勝負する価値がない。 
  を鳴かれてから  を押すというのもまったく見合わない。  も親リーには通っておらず、須田の尋常ではない押しっぷりをみればここも要警戒であることがわかる。
 安牌は ・  と2枚ある。筆者には、“至高の守備派”五十嵐らしからぬ無駄な放銃にみえたのだが。 これが優勝を目前にしたプレッシャーというやつなのだろうか。五十嵐クラスの経験値をもってしても、この大事な局面で壊れてしまうのだ。
 正直、空恐ろしい。こんな重圧を受けるくらいだったら、決定戦など一生やりたくないとさえ思ってしまった。
 しかしこの後、五十嵐は細かいアガリを重ねて3着にまで浮上。
 南2局2本場には、須田が1発ツモの2200−4200を決め、ようやく待望したトップ目に立った。
 そして南3局。ここまで耐え忍ぶばかりだった鈴木に、ようやくまともな手が入る。
              ドラ  12巡目にこの形。親であり、うまくいけは4000オールが見える。
 しかしこのとき、五十嵐はすでにこのテンパイ。              ドラ  3枚しか残っていないとはいえ、つかめば誰もが出す状況である。
 これは五十嵐のアガリを待つばかりの局にみえたが、ブラフ気味に仕掛けていた阿賀の手が、いつの間にかまとまっていた。
           ポン    ツモ  ドラ  力強くドラ表を叩きつけて1300−2600。強い! 阿賀の膂力がここにきて全開である。
 なおもオーラスの親番をむかえ、追撃の体勢を整える阿賀だったが、須田が必死の3フーロで辛うじてかわしきった。
 さりげなく見せた阿賀のイナシも拾っておこう。              ツモ  ドラ  ここから
  を切ってリーチ。須田の当たり牌である  −  をガッチリおさえた。 すぐにツモられてしまったものの、阿賀の意外な繊細さが垣間見えた1局であった。
 並びは須田・阿賀・五十嵐・鈴木の順。鈴木はどうした。なんと今回はノーホーラのうえ、これで2ラスとなった。
 「4・4(フォー・フォー)作戦成功ですね!」などと声をかけたら殴られそうな雰囲気である。とりあえず黙っておいた。
 17回戦終了時のトータルポイント五十嵐 +80.7
 鈴木  +12.4
 阿賀  −22.9
 須田  −73.2  供託  +3.0
 18回戦 鈴木がなんだか小さくみえる。雰囲気がない。そんなの思い込みに決まってるんだが、そう見えたんだから仕方がない。 ポイント的にはまだまだ優位だが、鈴木はモロに向かい風を気にするタイプ。意外にそうでもないか? そういえば鈴木が、勝負に対してネガティブな発言をしたのは聞いたことがない。
 まあなんでもいいが、いまや「鈴木下がり目」の空気は会場全体に伝わっているはず。このまま、終わってしまうのだろうか。
 開局早々、親の阿賀に大物手が入る。
              ドラ  まだ8巡目である。同巡、須田もドラをポンしてこのテンパイ。
           ポン   
  を払い、意図的に片アガリを選んでゆく。
 すでに を叩き、守備力を落としている鈴木の捨て牌に合わせていったのだろうか。 しかし鈴木は、ノミ手のテンパイからキッチリ降りにまわる。まだまだ切れてはいないようだ。
 鈴木が降りれば、このめくり合いは圧倒的に阿賀が有利。ほどなく須田が を掴み、12000の放出とあいなった。 それにしても、トップを取っては東パツから叩かれる展開ばかりの須田である。
 よく切れないものだと感心する。筆者ならばもう、35回ぐらい切れているはずなのだが。
 1本場は、その須田が800・1400で流す。 続く東2局は、鈴木が
  −  で先制リーチをかけてゆく。 この時点で4枚生きだったが、これはまったく鈴木のもとへ回ってくる気配なし。
 すっかり他家に吸収されたあげく、親の五十嵐に追いつかれ4000オールを引かれてしまう。
 その後もリーチで阿賀から出アガるが、たったの1300は1600。ようやく持ってきた親番も2軒リーチに挟まれピヨピヨ。幸い横移動となったが、放銃もなくはなかった。
 しかも、ここで須田が阿賀から8000を取り返したことにより、いよいよ五十嵐のトップが濃厚となった。
 鈴木はもっかラス争い中。もしも五十嵐とのトップラスで終われば、並びをつくったうえでの2連勝が必要となる。
 その条件では特殊な打ち筋が必要とされるだろう。願わくば最後まで、尋常の麻雀を打つ鈴木を見ていたいものだ。そう思った。
 東4局は須田の親番。流局とハイテイツモでねちっこく連荘し、迎えた2本場。
 この局が、筆者にとって忘れられない1局となる。
 4巡目、須田が2つ仕掛けてこのテンパイ。        チー    チー    ドラ  ふたつ鳴かせた上家は誰か。鈴木である。この時点で、やや危うさを感じていた。
 須田は2巡後に を引き、  −  に変化。 同巡、鈴木はこの手牌。              ドラ  まだなんとも思わない。せいぜい「鈴木からは出ないだろうな」ぐらいの気持ちでみている。
 この後、 が通った。  が通った。  が通った。  も  も通り、さらには  に  まで通った。 この間、須田はずっと一定のリズムでツモ切りである。もはやテンパイは疑うべくもない。
  そして12巡目、鈴木の手牌。これが筆者にとっては生涯忘れられない1打となる。
              ツモ  
  がフリテンだが、それはここからの話とあまり関係がない。
 これで鈴木からはすべての が見えたことになり、  −  の可能性も消えた。 もはや通っていないリャンメンは −  と  −  のみであり、切り順の関係から  −  のほうがやや危険。 さらに須田の最終手出し は、  のない牌姿から放たれたものであることがわかった。 ここでカン の危険度が急上昇。 この時点で と  −  は、通る通らないにかかわらず絶対に打ってはいけない牌となっている。 比べるなら、
  のほうがだいぶ危険か。  −  もかなりきついが、これはピンズほどではない。 ギリギリの局面になってくれば、マンズは勝負することもあるだろう。
 と、ここで少し個人的な話をしたい。筆者は鈴木の麻雀をよく知るものであり、このような読み方もすべて鈴木から学んだといっていい。
 だから上記のような危なっかしい牌姿になったとて、鈴木達也は絶対にこの
  を打たない。 「打たないはずだ」という願望ではなく、「打つわけがない」という絶対的な信頼を持ってみていた。
 どうやら長考しているが、なにを打っていくつもりなのか。
  は安牌だから、これを切るのだろうか。 それとも
  か。これは五十嵐の仕掛けに危ないが、選択肢には入っているだろう。 ファンタジスタならドラターツ落としもあるか? というかまあ、実はそうするだろうと思ってみているのだが。
 ようやく鈴木が打牌した。よく見えない。見えないがどうやらピンズのようだ。ピンズということは
  か。ずいぶんと弱気に出たもんだ。ソーズに手をかけると思ったんだが、やはり弱ってるのかな。 ちょっとまて。なぜ須田の手牌が倒れているのだ。須田の待ちは
  −  ではなかったか。 
  で手を開けたらチョンボだろう。なぜ鈴木は点棒を払っているのか。一体なにが起きているんだ? あらためて鈴木の手牌に目をやる。             
  を、切っていた。
 あの鈴木達也が、 を切っていた。 あまりの衝撃に視界がぼやける。もう鈴木に勝ってほしいとか勝ってほしくないとか、そういうレベルの話ではない。 信じられないものを見た気分であった。 男だと思っていたやつが女だったとか、実はこの世界がぜんぶ嘘だったとか、要するにそういうことだ。 鈴木達也がここで を切るというのは、そういうことだ。 これが決勝戦のプレッシャーなのか。恐ろしい。麻雀はほんとうに恐ろしい。
 筆者はこの放銃で、鈴木の負けをほぼ確信した。それほどに重い、重すぎる放銃であった。これはもちろん体勢論の話ではなく、バランスの失墜をこの目で見取ってしまったことによる感想である。
 今日の鈴木は、もう駄目だ。ほんとうに心からそう思った。
 だが、ここから鈴木のみせた驚異的な粘りは、筆者の想像をはるかに超えるものであった。
 東4局3本場。 13巡目、その鈴木に大物手が入る。              ドラ 
  がすでに枯れており、  もちょっと残っていそうにない。 こんなにツモれなそうな四暗刻は見たことがなかった。鈴木のテンションもまるで上がっていないのがわかる。
 すぐに阿賀からリーチが入った。点棒状況的にジャンケンする価値はあるが、鈴木はダマのまま押してゆく。同巡、親の須田がツモ切りで追っかける。鈴木が一発目に引いたのは、ドラ表の
  。 ふだんの鈴木なら、まず打たない牌である。遊びのテンションでは打つこともあるかもしれないが。だが、あんな
  を打つ鈴木ならわからない。どうするだろう。打ってしまうこともあるのか? ほぼノータイムで、 を落としていった。  も  もぜんぶ見えているため、これは絶対安全牌。 よかった。まだ鈴木達也は壊れていない。打てない牌は打てないとはいえ、それでも観衆が見守る中での特別な麻雀である。ここで役満手を降りるには、それなりの勇気が必要だろう。もしもツモアガリを逃してごらん。雀界の歴史に残る生き恥ではないか。
 どうやら、 放銃で逆に目が覚めたようだ。昨日の  を打ったときの、辛い辛い鈴木が帰ってきた。 流局。あくまで結果論ながら、開かれた須田の手牌はこうであった。              ドラ  
  を放れば18000の放銃か。役満をくずして当たり牌を止める。まるで麻雀漫画のようだ。
 東4局4本場。              ドラ  鈴木の配牌である。さすがに落ち目の色が濃い。
 ここに 、  とツモり、マンズの一色とトイツ手がわずかに見えはじめた。 が、すぐ須田に を喰われてなんともやりづらい。 連荘を重ねる親の仕掛けを受け、北家としてはかなり打牌を制限された格好か。
 6巡目、ツモ 。これに手応えを感じたか、次巡ツモ  で思い切りよく打  。 ドラそばでいかにも降ろしづらい牌だが、須田の河には
  がある。              ドラ  染め手もトイツ手も現実的になってきたとはいえ、まだ時間がかかりそうだなと思ってみている。
 2巡後、ツモ
  。どうする?  は丸生きの気配だが、打たれてしまえば1600点。 しかし南家の阿賀もすでに2フーロを入れており、9巡目とはいえもはや終盤である。
 チンイツへの誘惑をグッとこらえ、意を決して 切りリーチといった。 あとは残り2枚の
  が、鈴木のところに回ってくるのを祈るのみ。 一発目のツモは 。これには鈴木も顔色を変えたが、すぐに  を力強くツモりあげた。 その
  がなんと裏ドラ。大きな大きな3400−6400で、一気に2着目へと浮上である。 これ、チンイツに行ったらどうなっていたであろう? その場合は、
  を3枚並べつつこのテンパイとなる。
              ドラ 
 このとき、須田のテンパイ形はこう。           チー    ドラ  
  −  はほとんど残っていないが、  ・  のシャボも同様である。
 殺し合っての流局ならまだいいが、ここでは −  が色濃く残っていたことに注目したい。 上記のテンパイを果たした場合、鈴木は当然ダマであろう。
 とすると −  引き、あるいは  −  のチーから須田に放銃していた可能性はかなり高い。 さては唯一にして最高のアガリであったか。タラレバはともかく、南入。 
              ドラ  7巡目、押せ押せでこのリーチをかけてゆく鈴木。
 この3メンチャンが長引いた。阿賀の親リーも入って完全にもつれ、流局。まだまだ楽にはゆかない。
 続く1本場。
              ドラ  五十嵐がこのクズ配牌をノーミスで仕上げ、7巡目にテンパイ一番乗りを果たす。
        ポン    ポン    ドラ  なんとマンガンの仕上がり。これをアガれば五十嵐はダントツとなり、いよいよ戴冠がみえてくる。
 須田もリャンメンチーで追いつき、10巡目にこのテンパイ。           チー    ドラ 
 この時点で大きく遅れを取っていた鈴木だが、マンズを丁寧に押さえ、手牌を崩さず打ちまわしてゆく。そして立て続けに急所を引き、13巡目にいよいよ追いついた。
              ツモ  ドラ 
  はどうか? とても危ない。では  −  −  はどうか? 腐るほど残っている。 打点は微妙。須田はともかく、五十嵐に打てば死。リスクとリターンが一気に交錯するも、やはり選択肢はひとつだ。
 この日いちばんの気合を込め、ありったけの力で をぶった切る。もちろんリーチである。 これに16巡目、須田が で飛び込んだ。終盤であり降りる手もあったが、須田の目からはドラが3枚見えている。  、  と離して切った鈴木の手に、ラス牌の  が存在している可能性は低い。 さらに付け加えるなら、ポイント的にいま須田が警戒すべき相手は五十嵐である。
  は、その五十嵐の現物でもあった。 鈴木に打っても、おそらくは安い。五十嵐には絶対にアガらせたくないし、なにより自分がアガりたい。
 その想いが打たせた
  であり、鈴木の手は読みどおり安手。あとは裏が乗るか乗らないかで、戦局は大きく変わってくるだろう。
 おごそかに鈴木が裏ドラをめくると、なんと表示牌は 。またしても裏3である。この男の生命力たるや。 この時点で、鈴木は五十嵐をまくりトップ目へ。須田はラス目へと転落である。 その後大きな動きのないまま、オーラスはアガの3着取りで終了。
 並びは鈴木・五十嵐・阿賀・須田の順。鈴木にとっては大きな1勝。須田にとっては痛恨のラス、最悪の並び。
 劇的な逆転トップをものにした鈴木の勇姿を、筆者は複雑な心境でみている。
 あの を打ったら、負けるのが麻雀じゃなかったのか。筆者の知っている麻雀ならそうだ。 あの
  を打った鈴木達也は、切れた鈴木達也じゃなかったのか。筆者の知っている鈴木達也ならそうだ。 だが、筆者の知らない麻雀が存在していたとしたら? だが、筆者の知らない鈴木達也が存在していたとしたら? 半荘終了と同時に、採譜者の大脇をつかまえてみた。
 「あの どうよ」 「あんなの打つわけねー」
 「
  も、打っちまうかと思ったけど」 「打つわけねーけど、打ったらインパチか。危なかったな」
 やはりよくわからない。が、大脇はまだ雰囲気の悪さを感じているようだった。 「次は連、外すだろうな」 最後にぼそりと呟いた。なんの根拠もないのだが、なぜか説得力がある。 18回戦終了時のトータルポイント五十嵐 +91.8
 鈴木  +70.9
 阿賀  −46.7
 須田  −119.0  供託  +3.0
 19回戦 もはや鈴木は、筆者のあずかり知らぬ世界で麻雀を打っている。こんな麻雀打ちはみたことがないから、この先どうなるのかもまったくわからない。
 とりあえず並びの話だけをしよう。鈴木はラスさえ引かなければ上々。五十嵐がトップでなければなお良し。五十嵐トップの鈴木ラスという並びだけ避ければ、最終戦は存分に麻雀ができる状況。
 五十嵐もほとんど同じ状況。鈴木がトップでさえなければ、ラスを引いてもまだ致命傷にはならない。どうしてもラス逃れが厳しければ、トップを選びにゆくだろう。それは鈴木も同じだが。
 マイナス組はかなり厳しい。特に須田は、ここでトップをとらなければ最終戦はほぼ目無しである。しかしプラス組のどちらかに選んでもらえる可能性も高いため、競り合いになればここが有利か。
 阿賀もほぼ連対必須である。ラスを引けばほぼ終わり。大きめの3着でも、最終戦はかなり非現実的な条件戦となる。こちらは須田とのトップ争いになった場合、プラス組に選んでもらえないため若干不利。
 もしも須田・阿賀・鈴木・五十嵐の並びで終了すれば、最終戦は相当おもしろいことになる。 東1局は、須田が超バックで軽く先制。1000点で鈴木の親を流す。 次局は阿賀がツモハネのリーチをかけるも、須田が500オールでかわして連荘。 ようやく須田の仕掛けが気持ちよく決まるようになってきた。どんなアヤがつこうと仕掛ける牌は仕掛ける男であろうが、それでも気持ちがいいのはいいことだ。
 1本場、須田が親リーをツモって4100オール。これで理想とする並びがみえてきた。           カン     ドラ   2本場もわずか4巡目でこの形。がぜん色めきたったが、ここからまったく動かぬまま阿賀の先制リーチが入る。
 これに鈴木がリーチ宣言牌で飛び込み、6400は7000の放出。まさかのワンツーフィニッシュが見えてきた。マイナス組の反撃が、どうやら一番おもしろいタイミングで始まったようだ。
 阿賀は次局もリーチで加点を重ねる。同局、須田にホンイツ小三元の大物手が入るも成就せず。 それにしてもこの半荘、須田におもしろいほど手が入る。
 ここまでの18半荘、時間にして4日の長きにわたり、ずっと苦しさとともに闘ってきた現雀王である。
 ようやく“やりたい放題”の一方的なオフェンスターンをむかえたその爽快感はいかほどのものか。
 須田の連覇が、ここにきて初めて現実的なものとなってきた。
 東ラスに鈴木が2000・4000をツモってラス逃れ。いよいよ面白い並びが生まれる。 しかしこの半荘、どうも五十嵐の様子がおかしい。怯えたように安全牌を貯め、まったくリスクを犯そうとしない。
 この戦術が五十嵐の経験則に裏付けられたものであるとするなら、それは筆者のごとき若輩者が口を挟める問題ではないだろう。
 この舞台でともに闘っている3人も、また然り。われらが日本プロ麻雀協会に、五十嵐よりも長く麻雀と付き合った選手はいない。
 だがいま、その経験則に沿った守りの打法を貫いたことにより、ジリ貧のラスを押し付けられている五十嵐。バランス計は、狂い始めていないだろうか。17回戦の
  放銃をふと思い出した。 南2局2本場。
              ドラ  12巡目、親の須田がタンパクに牌を横に曲げてゆく。
 すでに連荘を重ねて6万点を叩き出しており、アガれなくてもどうということはない見下しリーチだ。
 しかし、これに阿賀が本手で追いついた。
              ドラ  絶好のカン を入れてのリーチ。 阿賀にはまだ親番が残っており、これに高目で飛び込んでしまうと須田も安泰ではない。
 しかしなんと、ここに五十嵐が割って入ってきた。              ドラ  
  が入っての出来損ないリーチ。枚数的にもだいぶ弱い。 ラスならラスで仕方ないとみて、まさかのジャンケンにここで踏み切ったか。
 結果は五十嵐が、阿賀に安目を放銃。裏がのって8600となり、五十嵐はいよいよ箱を割る。後悔は、ないと思う。着順がラスであれば、素点は気休めにしかならない状況だ。
 よしんば勝って3着になれれば、最終戦は相当楽になる。その可能性に賭けただけのことであろう。
 そういえば、阿賀の高目はまだヤマに残っていた。須田のカン
  は残り1枚。一対一のままなら、須田が倍満を放銃していた可能性は高い。 もしも阿賀が須田をまくってしまえば、最終的な結果はどうなっていたことか。いろいろと興味深い1局であった。
 この後は阿賀、五十嵐ともに連荘を重ねるも、大きな動きのないまま終局。並びはなんと須田・阿賀・鈴木・五十嵐の順。
 各自条件に差はあれど、雀王の行方はまさかの1回勝負に委ねられることとなった。
 18回戦終了時のトータルポイント五十嵐 +30.2
 鈴木  +48.2
 阿賀  −42.8
 須田  −38.6  供託  +3.0
 20回戦 ボードに書かれた平たい並びが美しい。 あえて甘ったるいことを言わせてもらえば、この数字は、戦士たちの努力の結晶だ。楽に打った者などひとりもいなかった。全員が苦しみ、相手を苦しめ、ようやくこの状況にこぎつけた。
 全員に、目がある。 最終戦としては、きわめて稀有な大接戦の始まりである。 これだけ面白い麻雀をみせてもらったんだから、もう全員が勝ちでいいじゃないか。そんな小学校のぼんくら教師じみた寝言を、わりと本気で考えながらみている。
 選手たちには、怒られるかもしれない。みな自分“だけ”が勝ちたくて、ここまで試合を作ってきたのだから。
 野暮と知りつつ、状況を再確認してみよう。
 鈴木と五十嵐は着順勝負だが、鈴木ラスの五十嵐3着ならトップ者が優勝。五十嵐ラスの鈴木3着でも、素点次第でトップ者の優勝がある。
 鈴木2着の五十嵐3着orラス、もしくはその逆なら、トップ者はかなりの素点が必要。
 つまりマイナス組が優勝するには、鈴木と五十嵐を連に絡ませずトップを取るのがいちばん現実的となる。
 どの条件もまったく非現実的ではない。最後まで全力の麻雀を観られる幸せに、ただ感謝である。 起家は、鈴木達也。               ドラ  この大事な東1局に、ひとり飛びぬけた配牌をもらっている。やはり器か。
 正直なところ、鈴木がここまで首位でこられるとはまったく思わなかった。それほどあの
  打ちは重い。 しかし鈴木を信じきれなかった背景には、筆者自身の未熟な麻雀観があった。まだまだ勉学の余地ありと知る。
 
              ツモ  ドラ  北家の五十嵐はこの配牌。
  から払ってピンズのホンイツに向かった。 
  を叩いて軽くかわそうという気がまるでない。最後まで、手役重視の五十嵐スタイルで勝ちにゆく。
              ドラ  10巡目、鈴木はこのテンパイで即リーチ。
 親リーで愚形というリスクを差し引いても、場況にぴったり合った最高の待ちである。
 当然の3枚生き。ほどなく阿賀からこぼれて3900。
 1本場は、須田が果敢に仕掛けてゆく。
  、  と仕掛けてマンズ気配。
 最初のテンパイはまたしても鈴木。              ドラ  もちろんリーチはかけない。手変わり待ちというよりも、マンズが寄ってきたら
  を落としてまわる構え。
 しかし2巡後に を持ってきた。どうする? 筆者ならアンカンしてリーチだが、鈴木はここが勝負どころと  を叩き曲げた。 これに須田は「チー」の声。        ポン    ポン    どちらに受けるかだが、これ実は選択の余地がない。
    でチーして  を切れば、  を切っている以上ほぼ  −  の1点となる。
 河にキズを残さないためには、   でチーして  −  に受けるしかないのだ。 必然の選択とはいえ、須田は薄いほうの受けを選ばされてしまったことになる。
 案の定 をツモってがっかり。しかし思わぬところで割り込んできた阿賀から、  を拾うことができた。 打った阿賀はこの形。               ドラ 
 なんとここから 切りリーチである。さすがに安牌の  を打ってほしかったが、阿賀といえば三色だ。 この決定戦においても、幾度となく豪快な三色をものにしてきた。本人も、この役には特別な思い入れがあるはずだ。
 ならばこれは“卓上この一手”。4枚生きの
  −  だけになんとも惜しいが、阿賀の漢は確かに受け取った。 続く東2局も、鈴木が2巡目にしてこのテンパイ。
              ツモ  ドラ 
 もちろん を切ってリーチである。この宣言牌を、親の須田が小考しつつチーと出る。              ドラ  ちょっと苦しい仕掛けである。これは一発消しの意味合いが強かったか。
 しかし結果は最悪、すぐさま鈴木に をツモらせてしまう。裏ものって3000・6000。 この時点で
  がカラ、  も2枚しか残っていなかっただけに、鳴きがなければもつれた可能性は高い。 「須田が鳴くとツモられる」払拭したはずのアヤがここで出た。
 それはどうでもいいのだが、須田にとっても「絶対にチー」とは言い切れない牌だけに、やや悔いは残ったか。
 東3局にして“鈴木優勝”のムードが漂いはじめる。が、五十嵐も負けてはいない。
              ドラ  キッチリと手役に仕上げてリーチ。高目をツモれば、一気に鈴木と並ぶ。
 この時点で
  は3枚生きである。五十嵐、渾身の作りテンパイ。
 しかし、これが1種類少ない阿賀の親リーにめくり負けてしまう。           カン     ツモ  ドラ   裏  
 思わず五十嵐が次ツモをめくると、やはりというべきか 。 決して変えられない牌のめぐり合わせとはいえ、このときばかりは五十嵐も敗北を覚悟したかもしれない。
 続く1本場、さらに鈴木が加点する。ドラ雀頭の −  をあっさりツモって2100・4100。 もはや優勝者は決まったかにみえた。鈴木が当面の敵に放銃するはずもない。
 五十嵐は、ツモアガリだけで27000差を埋めねばならないのだ。
 
  しかし東4局、五十嵐の親番。ここで誰も予想しなかった“まさか”が起こる。
              ドラ 
 南家の鈴木、7巡目にここから をチー。あと2回、五十嵐の親番をかわせば優勝なのだ。これは当然の鳴きであろう。 しかも五十嵐の河には と  があるため、親リーが入っても安心の2段構えとなっている。 案の定というべきか、直後に五十嵐のリーチが入る。鈴木は当然のベタオリに移行するのだが、16巡目に完全な手詰まりを迎えてしまった。
           チー    ツモ  ドラ 
 安牌はなにもないが、唯一の手がかりとして が通っている。 理で選ぶなら、選択肢はひとつしかない。 のワンチャンスを頼り、打  。 他に切る牌がないのだから、もちろんノータイムでの打牌となる。事情を知らない五十嵐は、もしかしたら相当驚いたかもしれない。
              ロン  ドラ  裏  当面の敵に対し、まさかの12000点放銃。鈴木楽勝のムードが一気に消し飛んだ瞬間である。
 点棒状況は
 鈴木  32200
 五十嵐 26900
 となった。
 1本場。もはや優位性は完全に失われ、自力で五十嵐の親を蹴飛ばさなければいけない立場の鈴木である。
 しかし配牌はボロボロ。だから8巡目に阿賀のリーチが入ったときには、むしろホッとしたかもしれない。
 これに五十嵐が降り、流局。 南入。この親番でなにがなんでも加点したい鈴木だったが、ここは須田のテンパイが早かった。
              ロン  ドラ  阿賀から1000は1600のアガリ。裏ドラ表示牌の
  を見た瞬間、頭を抱える須田の姿があった。
 続く南2局は、西家の五十嵐がまたしても手役を決める。
              ロン  ドラ  作りに作ったこの三色。テンパイ即出で、阿賀から8000点をもぎとった。
 点棒状況は
 五十嵐 33400
 鈴木  30700
 となる。27000点差をまくり、とうとう五十嵐がトップ目に立った瞬間である。
 ラス前は、鈴木が1000点でサッと流す。いよいよオーラス、この1局で雀王が決まる。
 テンパイ開示が親からである以上、五十嵐はこの局、ノーテン宣言することができない。
 阿賀と須田も、もう役満以外はアガりにこない状況である。もっか上位とはいえ、五十嵐もかなり苦しい。
 対する鈴木は2000点以上をアガりにゆけばいいだけで、こちらのほうが楽かもしれない。前局のアガリが2000点であればもっと楽なオーラスであったが、残念ながらドラを使い切ることができなかった。
 ドラは、
  。喰いタンドラ1への道は早くも閉ざされた。この1翻がじつに重いのである。
 五十嵐の配牌がこう。               ドラ  遅いが、悪くない。ここで親満をものにできれば、1本場は手をくずして降りるだけでよい。
 対する鈴木の配牌。
              ドラ  こちらは最悪の部類であろう。役牌を重ねて叩いたところで、1000点ではどうしようもない。
 しかも、五十嵐よりさらに遅い。形式テンパイが関の山、というかほとんどそれしか目標がない。
 その上ツモも五十嵐が上手であった。まったくメンツができず苦しむ鈴木を尻目に、絶好のカン
  を入れて10巡目リーチ。
              ドラ  須田と阿賀が役満狙いに行っているため場況もクソもないのだが、それでもなんとなく良さそうに見えてしまう
  −  である。 事実、4枚生き。そして鈴木は、またしても安牌がない。
              ツモ  ドラ  現物の
  を打ったとき「終わったな」と思った。次に安牌を引かない限りは、おそらく  に手がかかるだろう。 ここで
  を打つということは、すなわち敗北を意味する。 五十嵐で決まりだ。鈴木もここまでだったか。会場の誰もが、そう思った。
 次巡 を引き、打  で5800の放銃。 点棒状況は
 五十嵐 39200
 鈴木  25900
 となった。
 最後の1局については、どう綴るべきなのかよくわからない。たちの悪い冗談のようでもあったし、とてつもなく凄いものを見たような気もした。
 「バカがついてました」で終わらせていい話なのかもしれない。でも鈴木はバカじゃない。でもバカだ。
 いまだに自分の中でうまく消化できていない。だから、どうしても中途半端な書き方になる。
 ただ、他人の麻雀であんなにドキドキしたことは今までなかったし、これからもないと思う。
 南4局1本場。
 五十嵐はおそらく手を崩してゆくだろう。
 そうでないときは早くて高いアガリが見込める場合で、そのときはどっちにしろ五十嵐の勝ちだ。
 つまり事実上、鈴木に与えられたチャンスは1局しかない。この1局でハネ満をつくり、しかもツモらねばならない。条件のふりをしているが、こんなのは条件でもなんでもない。
 ここに持ってくるまでが麻雀における“勝負”であるし、この局は本来その“勝負”に含まれないはずの1局だ。
 
              ドラ  鈴木の配牌がこう。
 「ハネ満どころか」といった風情だが、3者がアガリにかけない以上、テンパイまでは行くかもと思ってみている。
 ツモ 、打  。これでイーペーコーが見えたため、形だけはできそうだ。 次巡、ツモ 。ここでちょっと寒気がはしる。打  。 5巡目にツモ 、打  。 
              ドラ 
  ?  ってなんだ。  っておかしいだろう。 先に雀頭ができて、リャンメンが3つ残ってて、タンヤオでドラが1枚あるってことは、つまりその、そういうことじゃないのか。
 5巡目。5巡目だよ。これがどうにかなるんだったら、麻雀ってゲームは一体なんなんだよ。
 次巡、ツモ
  。打  。もう言葉もない。感想もない。悪いけど震えっぱなしだ。 あと何回ツモれるんだよ。12回? 12回もツモがあるの?
 じゃあ、結果なんて、決まったようなものじゃないか。
 9巡目、ツモ 。鈴木、  を横に曲げて「リーチ」と発声。              ドラ 
 どうしよう。後ろから蹴りでも入れてやりたい気分だ。
 今からそのへんの奴コンビニに走らせて、クラッカーでも買ってこさせようか。 でも駄目だな。たぶん、そんなに時間はかからない。なんとなく、そんな気がする。 
  1発目、須田は7種8牌からあえて現物の  を置いていった。なにを切ってもいいはずなのに、である。
 振り返れば今回の名勝負、最大の立役者はこの須田であったかもしれない。この位置につけたのが他の選手であったなら、早々に試合が壊れた可能性もあったろう。
 願わくば来年もまた、須田のいる決定戦がみたい。
 並外れた胆力を存分に見せつけ、全力で闘い全力で散った前雀王・須田良規。3位で終了 
  阿賀もまた須田に倣い、静かに  を河に並べた。 この男の膂力もまた、たびたびスリリングな場面を演出してくれた。
 あの強烈な18000だけに留まらず、あわやの場面を何度も作ってみせた。
 協会屈指の豪腕にして漢の麻雀打ち・阿賀寿直。4位で終了。      五十嵐だけは何を切ってもいいというわけにはいかない。ここだけは、まだ闘っている。 唯一の現物である
  を切って結果待ち。まあ長引いたところで振るわけもないのだが。
 徹底した手役志向と重い打ち筋を4日間にわたって貫き、勝利をほぼ手中におさめるところまで行った五十嵐。その口惜しさを簡単に語ることはできないであろうが、できることなら再び、その美しい打ち筋を大舞台で披露してほしい。
 日本プロ麻雀協会代表、至高の守備派・五十嵐毅。2位で終了。 
 2007年・11月4日未明。
 6枚生きの
  −  を無駄に一発でツモり、無駄に裏ドラを載せて、 鈴木達也が雀王の座に輝く。
 
 その際、鈴木は「3000・6000」と誤申告。
 
 本場を含めた正確な点数申告は、いまだ行われていない。
 
 これは競技麻雀選手にあるまじき醜態であり、
 早急に対処が必要と思われる。
 
 正当な処分を検討されたし。
 
 検討されたし。
 
 
   文:田中太陽  
                      
                      ▲このページトップへ
   |