順位 |
名前 |
TOTAL |
1回戦 |
2回戦 |
3回戦 |
4回戦 |
5回戦 |
6回戦 |
7回戦 |
8回戦 |
9回戦 |
10回戦 |
1 |
鈴木 たろう |
175.1 |
-55.1 |
10.4 |
64.8 |
-21.8 |
-23.0 |
-16.6 |
13.3 |
60.9 |
71.4 |
70.8 |
2 |
矢島 亨 |
30.3 |
66.3 |
55.4 |
-54.0 |
-81.3 |
-54.1 |
9.4 |
92.8 |
10.0 |
10.1 |
-24.3 |
3 |
伊達 直樹 |
-85.7 |
-19.4 |
-14.4 |
10.6 |
22.2 |
64.8 |
-58.9 |
-31.8 |
-13.9 |
-60.3 |
15.4 |
4 |
木原 浩一 |
-121.7 |
8.2 |
-51.4 |
-21.4 |
80.9 |
10.3 |
66.1 |
-74.3 |
-57.0 |
-21.2 |
-61.9 |
【1・2日目観戦記】
| 3・4日目観戦記 |
【世界の終わりと雀王決定戦観戦記 村上 春樹風に】
地下鉄の出口から地上に出ると、南洋から運ばれた生温かい風が僕の前を歩く少女の長い髪を揺らしていた。
朝から降り続く雨は人々の傘を控えめに濡らしていた。
日本列島に近づきつつあった台風は毘沙門天との邂逅を避け、気まぐれなハリネズミのように直前になってそのコースを変えていた。
気の早い老婆が年の瀬の準備を始める11月、2013年は終わりに近づいていた。
ボストンでは圧力鍋が善良な市民の命を奪い、トウカイテイオーがその栄光の生涯に幕を下ろし、オリンピックが7年後に東京で開催されることになった。
第12回となる雀王決定戦が開催された2013年はそんな年だった。
会場内の四方の壁に描かれたカモメの絵は、中世の宗教画を思わせた。
会場内に響く乾いた音は、滑らかな絹織物のような優雅な動作で繰り返される摸打によって生み出されていた。
愛すべき単純作業。僕は不器用ながら僕なりに麻雀を愛していたのだ。
その静謐さに控えめに反抗するかのように、耳を澄ますと牌譜を採るボールペンが紙の上を滑る音が聞こえてくる。
朝早くから牌の行方を見守る観客達は、あたかも呼吸を忘れたキタキツネのようにじっと卓上を見つめている。
二度と存在しない牌の羅列をその記憶に刻みつけるように。
ヤジマは四人の選手の中で飛び抜けて若く見えた。
ジャン=ポール・ベルモンドのように仕立ての良さそうなスリーピースのスーツに身をつつみ、その立ち居振る舞いはモンゴルの草原のような爽やかさがあった。
手牌を見つめるその無垢な視線には気負いの色は感じられなかった。
それは淀んだ川に溜まる澱のように、汚れた配牌だった。
            ドラ
ヤジマは淀むのは嫌いだと宣言するかのように、
親の第1打に切られた を叩くと無造作に を切る。
力強いそのヤジマの声に反応したかのように、牌達がヤジマのところに寄り始めた。
を暗刻にし、 を重ねる。場には の姿はない。
実際2枚の は伏せられた牌の中で静かにヤジマの指を待っている。
ダテがリーチを入れたところで、 を引きテンパイ。
          ポン  ドラ
結果は二人テンパイで流局した。
ヤジマは知っているのだ。
原石はそれだけでは只の石だ。
ボンネットと手牌は、磨かないとその光を放つことはない。
麻雀牌はそれ自体意思をもっているかのようにヤジマに引き寄せられていた。
続く東4局1本場でヤジマがもらった配牌は、
            ドラ
型落ちのカローラのように特徴のない配牌だ。
卓の中で眠っていた小人たちが、ヤジマのためにせっせと牌を運んでくる。
ハイホーハイホー。
小さく声が響く。
ヤジマはここから を引き、 を引き、ドラの を引き、 を引き、 がアンコる。
最後には を引いてほぼ淀みなくテンパイ。
シャンポンながらテンパイを入れているタロウが逡巡したものの が出て8000。
            ロン ドラ
小場から一転してヤジマが抜け出す。
オーラス。
ここまで深海のクラゲのように静かだったキハラが大物手を入れた。
4巡目にこの形になると、
            ドラ
存在を示すかのように、ラス争いのライバルであるタロウからリーチが入る。
            ドラ
同巡キハラが待望の を入れるやや逡巡したものの、リーチに行くとタロウが を掴んで終了した。
それは春雷のような初戦だった。
タイトル戦の決勝とは思えない短時間での半荘だった。
ヤジマはジョン・コルトレーンのジャイアント・ステップスを胸の内で口ずさみながら、自身の闘いを振り返っていた。
気分がいいとコルトレーンのサックスの調べがどこからともなく聞こえ始める。
ヤジマにとって自由と勇気の象徴とも思えるその調べは、勝利を指し示してくれる道標のようなものだった。
始まったばかりだとは言え、雀王の座は目の前にある。
続く2回戦も早い展開をヤジマが制してトップで終了した。
「雀王ってヤツも意外とカンタンさ。そうだろ?」
誰にともなくヤジマがつぶやくと、魔法のようにヤジマの転落が始まった。
タロウはスタイルが似通った打ち手と対戦することが苦手だった。
アガるのは自分一人でいいと信じている彼は、自分以外の誰かが好き勝手に暴れることは不快でしかなかった。
やれやれ、と彼は言うと、椅子に深く座り直し、サバンナのアフリカ象のように深く長い深呼吸をした。
定理はまずそこに存在している。
滑らかな曲線を描く、色白の背中にひっそりと生えた剃り損ねの産毛のように、静かに、しかし確かに存在している。
主張はしない。
だけど、いつもそこにある。
タロウは根っからの革命家だった。
自身の正義とそれに付随する勝利への道を彼だけは確信していた。
必要なのは自分に正直であることとそれに伴う行動だった。
心地の良い物語で事象を語るのは小説家と政治家の役割であるべきだ。
東1局。
            ドラ
慎重なダマテンにしダテから3900を出和了る。
くすぶり始めた野火は静かに燃え上がり始める。
続く局は の後付けから三副露まで仕掛けると、次局2600オールで勢いをつけてトップ目に立ち、オーラスも平和で締めくくりヤジマにラスを引かせてのトップをもぎ取った。
途中で危ない場面もあった。
          ポン  ドラ
ここからダテは端牌のポンの一点にかけ打 とする。
年老いた木樵のような狡猾な麻雀だった。
ここから を叩き打 とする。
子ウサギの役割はヤジマだった。12000。
4回戦までキハラは雪山で冬眠する年老いた熊のように、静かに力を蓄えていた。
寝ている熊は起こしてはいけない。
山の常識だ。
アガリ合戦を横目で見ながら静かに機を窺っていたキハラは、東ラス親番を迎えると空腹の胃袋を満たすために爪を繰り出し始めた。
淀みなく4巡目でリーチをする。
東4局0本場。
            ドラ 裏ドラ
トイツ落としで逃げようとするヤジマが一発で足を取られる。
12000。
飢えたキハラは止まらない。
東4局1本場。
            ドラ
この手でリーチをかけると、テンパイをいれていたヤジマが突っ込む。
      チー  チー  ドラ
掴まされた をキハラが捕まえると、裏ドラが 。
12000。
2発の強烈な親満でヤジマが谷底に落ちていく。
タロウのリーチにも目もくれなかった。
ただアガるのみ。
            ドラ
すぐキハラが ツモ。
            リーチツモ ドラ 裏ドラ
キハラは+80オーバーの大トップをたたき、雀王獲得に名乗りを挙げた。
タロウ、キハラと来れば、最後はダテの番だった。
モスクワの路地裏で息を潜める無表情な暗殺者を思わせるその強烈な眼光は、静かにそのタイミングを計っていた。
自身のなすべきことがわかっている男は強い。
東3局1本場で、7巡目にこのリーチ。
            ドラ 裏ドラ
一発で をツモりあげる。
南2局 ダテ8巡目リーチ。
            リーチツモ ドラ 裏ドラ
満貫2発を危なげなく守りきりトップを奪う。
連勝で始まったヤジマの雀王決定戦初日は終わってみれば連勝の後の三連敗となった。
やれやれ、とヤジマは思った。
世の中は理不尽さで満ちている。
まだ初日だ。
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空は昨日の台風が嘘のように晴れ渡っていた。
神楽坂の季節外れの祭りに空気が沸いていた。
遠く山車に乗せられた和太鼓の音は、篠笛の音はロシアの凍土のように冷えた打牌の音だけが響く会場に心地の良いBGMのようだった。
初日は苦渋を飲まされた形になったヤジマは、ハリネズミの屁ほども反省しているわけではなかった。
彼の今までの人生がそうだったように、自分が間違っていると考える回路は存在してはいなかった。
自分の信念とセオリーはヤジマの身体に染みつき彼の麻雀を支えていた。
反省するのは弱いからだ。
南1局0本場。
      ポン  ポン  ドラ
ヤジマが白鯨のような大物手を入れる。
その巨大な姿を感じ取ったのか魅せられて狂っていくエイハブ船長のようにキハラが一人立ち向かった。
            ドラ
ドラもなければ救いもない手牌だった。
完全な安牌は少ないものの、形而上学的に考えても、唯物論で思惟しても結論は一緒だ。
家に引きこもって、震えながら布団をかぶってやり過ごす手だ。
キハラはヤジマが二副露した後、この手から髪の毛程も通っていない を打ち、 を切り捨てた。
勝ち目の薄いシャンテンプッシュのチキンレース。
キハラは数々の決勝の場面で普段は余り見られないシャンテンプッシュを多用する。
バックネットに守られながら汚くヤジを飛ばすことを選ぶよりも、勝負の場に立ち誇り高き戦士であろうと務める。
キハラの脳の中で、これだけはと確信していることが一つだけあった。
宝くじの高額当選者のたった一つの共通点は、誰も例外なくその宝くじを買っていることだ。
精密な機械のような顔で、竜巻のように を切り捨てた。
      ロン ポン  ポン  ドラ
キハラはこの日、仕組まれているかのように他家に振り込んだ。
彼が危ないと思った牌は、彼が思ったとおりの結果となった。
キハラは余りに多くロンと言われすぎてゲシュタルト崩壊を起こして、ロンの声は春に発情した猫の叫び声にしか聞こえなくなっていた。
         ロン ポン  ドラ
結局ヤジマがトップ。
ヤジマが70000点近くを稼ぎ出し華麗なる復活を果たす。
ナチスドイツの考えたという、良く晴れた森の小道のような素敵な拷問がある。
ナチスの将校は捕虜に言う。
午前は大きな穴を掘れ。
捕虜は言われたことを忠実にこなし、大きな大きな穴を掘る。
仕方ない。
捕虜にできることは海の広さを空想することだけだ。
午後になるとまた将校が言う。
午後はその穴を埋めろ―――
意味のない行為を繰り返すうちに、徐々に徐々に捕虜達は脱走する気力を削られ、思考を停止し、静かに狂っていく。
キハラも悲しい眼をした捕虜のように、ただ従順に与えられた仕事をこなしていた。
蓋を開ける。
静かに点棒を置いて、蓋を閉める。
もともと卓上で無表情な顔は、彫刻のように堅く表情をなくしていた。
小さい頃クラスメイトと野原で野球したことがあるとも、学生時代人並みの失恋で涙を流したこともあるとはとても思えないような、固く閉ざされた完璧とも言えるな無表情だった。
開ける。閉める。開ける。閉める―――
8回戦、キハラはダテに12000を放銃したのを皮切りに四連続放銃を果たすと、タロウの6000オールでトビ寸前まで追い込まれた。
東4局0本場。
キハラが安牌のあるところからテンパイ維持の 。
これがダブロン。
直前にカン から変化していたタロウが驚きながら倒そうとするとダテの頭ハネ。
二人とも河底ならアガれるというアガリ。
キハラは完全にそのバランスを崩していた。
羽に傷がついたウスバカゲロウのように不安定に世界に対峙していた。
王者の狩りが始まった。
王がその王国を作りあげるには力だけでは無理がある。
国民に夢を見せ、期待を抱かせたその後に、ゆっくりと無慈悲に搾取するのだ。
タロウはその尨大な体躯を雄々しく見せつけ、馬上から大きな剣を振るい、ダテを切り捨て、キハラを投げ捨て戦場を進んだ。
暴食の蝿の王が民の薄っぺらい夢をただぶち壊す。
東3局0本場。
            ツモ ドラ
9回戦、南3局4本場。
            ツモ ドラ 
9回戦オーラス。
            ツモ ドラ
10回戦東2局0本場、まずはダテが三色リーチ。
            ドラ
キハラが追っ掛ける。
            ドラ
こちらは三色確定リーチ
最後にタロウがリーチ。
リーチした時点で は残り1枚。
            リーチツモ ドラ 裏ドラ
4枚目の を咆吼とともにツモりあげた。
キハラは思う。
やれやれ。
いいさ、まだ2日もある。
ただクジを買い続けるだけだ。
(文・藤田 拓郎)
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