決勝ポイント成績
順位
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選手名
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団体名
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TOTAL
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1回戦
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2回戦
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3回戦
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4回戦
|
5回戦
|
1
|
藤崎 智 |
連盟 |
182.0
|
56.9
|
-1.8
|
11.9
|
53.0
|
62.0
|
2
|
小倉 孝 |
協会 |
112.0
|
5.9
|
68.1
|
58.8
|
-41.1
|
20.6
|
3
|
清田 力夫 |
協会 |
-106.4
|
-17.5
|
-1.8
|
-46.7
|
-20.8
|
-19.6
|
4
|
明石 光平 |
連盟 |
-187.6
|
-45.3
|
-64.5
|
-24.0
|
9.2
|
-63.0
|
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第2回日本オープン決勝最終戦オーラス――。
石野豊はツモり四暗刻のリーチをかけていた。
阿部孝則プロ(当時日本プロ麻雀連盟)を捲くって優勝するには、ツモ和了が条件。
他の三人は既に受けに回っており、石野は一人で牌山と格闘している。
当時協会に入りたての新人であった私は、石野の持ってくる1牌1牌をドキドキしながら見つめていた。
現在も変わらぬ独特のモーションで、テンポ良く牌を切り出す石野。
だが最後のツモ牌もむなしく河に落ちて、石野の挑戦は終わった。
それから二年の月日が流れ、第4回日本オープン決勝最終戦オーラス――。
吉田(東家) ドラ
中村光一(当時一般)を猛追する吉田知弘がこの手を和了れば、ほぼ並びとなる。
だが、ドラ暗刻で充分形のこの手牌が、結局聴牌することは無かったのである。
吉田知弘の闘いは、伏せられた手牌とともに終了となる。
さらに二年後の今日。
今回で6回目を数える日本オープンであるが、未だ協会員による戴冠はない。
今年はベスト16に過去最多の8名の協会員が名を連ねた。
その中には数多くのタイトル歴を持つ鈴木たろうや雀竜位連覇の小倉の名前もある。
そしてリベンジに燃える吉田知弘も…。
準決勝の激戦を勝ち残り、決勝に進んだ協会員はそのうち2名。
鈴木たろう、吉田知弘はここで惜しくも敗退となってしまったが、
若手のエース小倉孝と新鋭清田力夫が、協会員の期待を担い決勝の舞台に立つ。
しかし、そこには過去にこのタイトルを二度も制したあの男もいたのである――。
第6回日本オープン観戦記
地下鉄の神楽坂駅を出ると、会場の「ばかんす」はすぐである。
開始時間より1時間も前に着いた私は、少し寄り道してみる気になった。
近くに神社があることは気付いてはいたが、今日まで足を運んだことはなかった。
「赤城神社」
鳥居をくぐって境内に入ると、遠くに大きく立派な本殿が見える。
もっと小さな神社を想像していたのだが、由緒ある名所らしい。
本殿手前の手水舎には参拝客もいる。
本殿の中では神主らしき人と若い男女が婚礼の打ち合わせをしている様子。
邪魔にならないようにと一旦は踵を返したが、ふと思い直して小銭を取り出した。
二拝二拍手一拝の作法が書いてある看板を見ながら、手を合わせる。
―協会員による日本オープン初制覇。
瑣末な仲間意識ではないが、もはや協会員の日本オープン制覇は私たちの悲願なのであった。
寄り道したにもかかわらず、会場には一番乗り。
丁度一週間前に、ここで雀竜位決定戦の白熱の攻防が行われていたのだが、
今はその時の熱気は消え失せ、しんと静まりかえっている。
やがて採譜スタッフが次々に到着。
共に会場準備を手伝っているところに、“あの男”藤崎が現れた。
―藤崎 智(日本プロ麻雀連盟)
第3回と第5回の覇者で今回で四年連続の決勝進出。
日本オープンは彼のためにやっているのではないかと思えるほどだ。
実力、実績からいって今回も大本命である。
リラックスムードはいつも通り、我々スタッフとの会話も藤崎節全開でつい笑わされてしまう。
協会員による日本オープン初制覇にむけて、もっとも大きな障壁である。
続いて現れたのは、対局者ではなく藤崎の師匠である日本プロ麻雀連盟の沢崎誠プロ。
先日行われたグランプリ2007を制し、マスターズと併せて二冠。
今回の対局中メモをとるために動きまわる私のために、わざわざ前を空けていただいた。
その気遣いにここであらためて感謝したい。
残り3人の選手もほぼ同時に到着する。
―明石 光平(日本プロ麻雀連盟)
第18期十段位戦準優勝。
長期間A2リーグに在籍している実力者。
同じ連盟の藤崎と談笑しながら開始を待つ。
―小倉 孝(日本プロ麻雀協会)
第3期4期雀竜位、第6期新人王。
入会1年目にいきなり雀竜位を獲得し、来期からはAリーグ選手に躍進する協会のホープ。
協会最強の打ち手の一人として、協会員初制覇の期待を一身に背負う。
自ら採譜者として指名した鈴木たろうが傍らで牌譜用紙の準備をしている。
―清田 力夫(日本プロ麻雀協会)
今回が初の決勝の舞台となる新鋭気鋭の若手。
来期よりC1リーグ。
重圧から逃れるように、一人離れて会場の隅の椅子に座っていた。
先日第6期雀竜位を奪取した吉田基成とは同じ研究会で研鑽した仲間である。
その研究会を主宰する二見大輔から、私は伝言を預かっていた。
「(基成にも同じことを言ったのだが)緊張するなと言っても無理な話なので、緊張を楽しむように」
私はそのまま伝えたのだが、清田に二見の意図する細かいニュアンスまで届いただろうか。
「いかに普段の麻雀が打てるかですね?」
「…そうだね」
なんだかちょっと違う気もしたけれど、この時はそう答えるしかなかった。
観戦者も徐々に集まりだし、会場は先週の熱気を取り戻しつつあった。
定刻の11時になり、立会人である吉田知弘の合図で対局が始まった。
1回戦
起家のサウスポー明石の動作がぎこちなく見える。緊張しているのか、入れ込んでいるのか…。
明石(東家) ツモ ドラ
6巡目に誰よりも早く聴牌をいれるも、が既に2枚飛び。
素直にを切って闇聴に構えたが、切りの仮聴が面白かったかもしれない。
次巡に引きで待ち替えのリーチもあるかと思ったが、切り。
引きから切りの三色変化を睨んでいるのだろう。
さらに、次巡引きで今度はノータイムでリーチ。
明石(東家) ドラ
これが最悪の選択で、−はこの時点で既に純カラ。
が2枚切れで、狙い目にも見えなくはないは小倉が暗刻にしていた。
仮に6巡目に打の仮聴を取っていると、次巡のツモで打の一向聴戻し。
今引いたを引き入れてこんなリーチが打てていたことになる。
ドラ
リーチ直後のツモが皮肉にもで、15巡目には、16巡目にはまで河に並べてしまう。
流局濃厚と思われた17巡目、突如藤崎の手牌が開かれる。
ツモ ドラ
たったの800−1600だが、相変わらず全く気配を感じさせない。
切り出す牌も目立っておらず、対局者も藤崎の聴牌に気付いていなかったろう。
連覇に向けて好スタートを切った。
一方、先制のチャンスを逃した明石は、この後牌運にも恵まれず、終始苦戦を強いられることになる。
A2リーガーの実力が最後まで発揮されることなく、終わってしまった。
『明石との競りになると思っていたんだけど…』
決勝後の藤崎の談である。
連盟員やベテランの雀力には明るい藤崎だが、小倉の強さに対する認識は最初足りなかっただろう。
東2局は清田が、ドラドラの手牌を丁寧に仕上げて4000オール。
清田(東家) リーチ ツモ ドラ 裏
前局は明石のリーチを受け撤退する手順に危なっかしいところも見受けられた清田だが、
この局は下家の小倉の仕掛けにきちんと対応しながら和了り切った。
この様子なら、この後も十分互角に戦えるだろうと見ていたのだが…。
1本場、すぐさま藤崎の反撃。藤崎にしては珍しく気合のこもった発声で「リーチ」
藤崎(西家) ツモ(一発) ドラ 裏
ごく自然な動作で一発目のツモ牌を手元に引き寄せ「2100−4100」
息つく暇もなく清田のトップ目は捲くられてしまった。
これで焦ってしまったのか、南場に入って不用意な放銃をしてしまう。
南1局1本場(供託2000点)、清田の14巡目。
清田(南家) ドラ
ここから東家の切ったをチーして、打
しかし、をポンしていた下家小倉が、以下の捨牌。(↓はツモ切り Pはポンした時の捨牌)
↓
↓ P ↓
既にドラのを処理されており、後手を踏んだ感がある上、切り出す筒子牌は超危険牌。
確かに安手の仕掛けには見えるのだが…。
このはチーで済んだが、次巡のは御用となる。
清田(南家) チー ツモ 打 ドラ
小倉(西家) チー ポン ロン ドラ
嵌張でチーなら助かったとか、1000点の放銃で良かったとかは大した問題でない。
本来の清田なら門前で聴牌が入った時だけ、を勝負するケースであろう。
序盤の独特な捌きに特徴がある清田だが、この日はその持ち味を出せずじまいだった。
初の決勝戦ということもあり、無難に打とうとしていたきらいがある。
ただオーソドックスな麻雀で勝負するなら、藤崎・小倉の両名がはるかに上手である。
対局前の会話で感じた違和感の正体が今ならわかる気がする。
「普段の麻雀を打つ」のではなくて「自分の麻雀を打つ」べきだったのだ。
あの時適切な助言ができていたなら、もっといい勝負になったかもしれない。
実はこの局、東家の明石も闇聴をいれていたのだが、ドラまで叩き切って捌いた小倉。
オーラスでは、三副露のバック仕掛けを成功させて、清田をかわして二着浮上。
これらが供託のリーチ棒を取ることや着順上げが主目的であったことは間違いない。
しかしこういう遠くて安い仕掛けを繰り返し見せるのは、戦略的意図もあるように思う。
いずれ入るであろう本手を和了しやすくするために…。
小倉(北家) チー ポン ポン ロン ドラ
1回戦終了時
藤崎 +56.9 小倉 + 5.9 清田 −17.5 明石 −45.3
2回戦
東2局2本場、7巡目に独特の発声で小倉がリーチ。
「ッチーーー」
「リ」の音が小さく語尾を長く伸ばすので、上のように聞こえるのだ。
小倉(東家) ツモ ドラ 裏
リーチを掛けた時点で6枚生きの−だったが、18巡目にやっと「4000オール」
南3局3本場では闇聴で明石から「12000」
小倉(北家) ロン ドラ カンドラ
この和了で小倉は5万点超え。
1回戦トップの藤崎が3着目で、このままの並びで終わらせたいところ。
オーラスは藤崎が7巡目にリーチ。
藤崎(南家) ツモ(一発) ドラ 裏
これを一発でツモって「2000−4000」
裏が乗れば単独2着だったが、これでも同点2着まで浮上した。
2回戦終了時
小倉 + 74.0 藤崎 + 55.1 清田 − 19.3 明石 −109.8
3回戦
東2局に藤崎、本日3度目の一発ツモ。
藤崎(北家) ツモ(一発) ドラ 裏
「3000−6000」
南3局を迎えて小倉がラス目で、今度は藤崎に理想的な並びができていた。
藤崎が5巡目に早くも聴牌。
藤崎(西家) ドラ
次巡にを引き入れて、リーチ。
藤崎(西家) ドラ
これが決まれば駄目押しとなるが、この時点で山にはが1枚残るのみ。
12巡目に小倉が追いつく。
小倉(南家) ドラ
藤崎の宣言牌がで、当然のダマ。ツモれば倍満、出ても跳満である。
しかも残り3枚のは全て山生き。
ところが、次巡東家の明石も追いついてリーチ。
明石(東家) ドラ
こちらの−は既に純カラ。
闇聴続行の小倉だったが、16巡目に手が止まる。
小倉(南家) ツモ ドラ
藤崎の河にはとがあり、明石も序盤にを切っている。
残り巡目と安全度を重視して、少考後小倉は切りリーチに踏み切った。
小倉(南家) ツモ ドラ 裏
チャンタと三色の両方を消す切りだったが、一発ツモで「3000−6000」
結果的には通っていたであるが、小倉の判断が正解のように思う。
この和了で2着目に浮上した小倉、トップ目の藤崎まであと2100点にまで迫る。
流局を挟んでオーラスの1本場、東家の小倉が4巡目に即リーチ。
小倉(東家) ドラ
10巡目に藤崎も聴牌。
藤崎(南家) ドラ
がリーチの現物であるが、既に3枚切れた後である。
12巡目にはラス目の明石も追いついてリーチ。
明石(北家) ドラ
小倉からの直撃か、跳満ツモなら2着になれる。
明石の和了ならばほぼトップ安泰の藤崎は、無筋を掴んで即撤退。
逆に明石が和了ればラス落ち濃厚な清田は、トータルポイントを考えると前に出ざるを得ない。
清田(西家) ツモ ドラ
明石の宣言牌がで、小倉がを並べた直後である。
確実に通るを抜く手もあるが、清田の選択は一向聴取りの打
小倉(東家) ロン ドラ 裏
「ロン。7700は8000」
ラス目であった小倉がたった2局でトップまで突き抜けた。
この瞬間、この日一番の勝負手を潰された明石は天を仰いで露骨に悔しがり、放銃した清田は耳たぶまで真っ赤にしてうつむいた。
しかし痛い捲くられ方をしたはずの藤崎は、表情一つ変えなかったのである。
3回戦終了時
小倉 +132.8 藤崎 + 67.0 清田 − 66.0 明石 −133.8
ここで30分ほどのインターバルとなる。
小倉と鈴木たろうが3回戦最終局の話をしている。
清田から「7700は8000」を和了った次局、小倉に加点のチャンスがあったのだ。
南4局2本場、10巡目の小倉の手牌。
小倉(東家) ドラ
役なしの聴牌だが、2着目藤崎との差が6900。当然リーチはかけられない。
17巡目に小倉が持ってきたのは
小倉(東家) ツモ ドラ
藤崎の捨牌からすると聴牌が入っているようには見えず、自分がドラ暗刻だから他家にも闇聴の高い手ができている可能性は低い。
しかし自分の待ちが悪い上に、ツモ番はあと1回のみ。
そして流局した場合は聴牌していても、ノーテン宣言して終わらせた方が良い点差である。
小倉は万全を期して、完全安牌のを抜いたのである。
「最後のツモがとはね…」
「あれがじゃなかったら…」
トータルトップの小倉にしてみれば、このときはどうでもいい笑い話だったかもしれない。
明石と藤崎は連盟員同士で談笑している。
沢崎プロと後から第2回日本オープンのファイナリスト吉田幸雄プロも合流。
「明石、今日は随分調子悪いみたいじゃないか。どうした?」
いつも陽気な感じの吉田幸雄プロらしい励まし方だ。
3回戦は小倉にトップを捲くられた藤崎だが、まだまだ余裕の表情である。
『2回戦、3回戦はトップは獲れなかったけど、内容は良かったからね』
『小倉くんの当たり牌を止めて聴牌組んだり出来たし…』
『結局ツモられちゃったけど』
3回戦に痛恨のラスを引いた清田は明らかに気落ちした様子。
対局前と同じく、一人ぽつんと離れて座っている。
かける言葉も見当たらず、私にできることは遠くから見守るだけであった。
4回戦
東2局、またも藤崎が好スタートを切る。
藤崎(北家) チー ポン ツモ ドラ
「2000−4000」
先行した時の藤崎は本当に強い。今回もそつなく局を進め、小倉にラス目を押し付ける理想の展開。
だが、今回は珍しくラス前にひやっとする場面があった。
南3局、藤崎は今局も3巡目にをポンして、捌きにいく。
藤崎(西家) ポン ドラ
ところが6巡目にラス目の小倉からリーチ。
安全牌を切りながら一向聴をキープしていた藤崎の16巡目。
藤崎(西家) ポン ツモ ドラ
小倉の捨牌は以下。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
↓ ↓ ↓
自分のツモ番はあと2回。聴牌を取るために切らねばならないが通ってないので、
現物のを抜くのだろうと思って見ていたが、藤崎の選択はノータイムの切り。
「ロン」
小倉の手牌が倒される。
小倉(北家) ロン ドラ 裏
「2600」
裏ドラが乗らずに事なきを得たが、ここまで放銃が僅か2回の藤崎らしくない打牌に思えた。
南4局は、藤崎が9巡目に「500−1000」のツモ和了。
結局は藤崎の思惑通りの並びで終了。
4回戦終了時
藤崎 +120.0 小倉 + 91.4 清田 − 86.8 明石 −124.6
最終戦
小倉と藤崎の差は28.6ポイント。二人のマッチレースと言ってよい。
清田と明石にはほぼ優勝の目はないが、ラス親を引いた明石には僅かな可能性が残されている。
最終戦を迎えてギャラリーも増え、先週と同様の熱気が会場を包んでいた。
東1局1本場(供託1000)、藤崎が7巡目に以下の捨牌でリーチ。
↓ ↓
同巡の明石の手牌はドラドラの一向聴。
明石(北家) ツモ ドラ
藤崎の捨牌はちょっと不気味ではあるが、この形になったら真っ直ぐいくしかない。
ここから打、次巡打で放銃となるが、これは致し方ないところだろう。
藤崎(西家) ロン ドラ 裏
「8000は8300」
最終戦も藤崎が先行する展開である。供託のリーチ棒も入って小倉との差は9300。
東2局、配牌からドラ暗刻の藤崎、一気に突き放すチャンスである。
ところが、ツモ切った不要牌の三元牌が、二つとも東家の小倉に鳴かれてしまう。
7巡目の藤崎の手牌。
藤崎(南家) ツモ ドラ
小倉の捨牌は以下の通り。 (↓はツモ切り、Pはポンした時の捨牌)
P ↓ P
↓
小倉(東家) ポン ポン ドラ
初牌のダブを切った後に、→の順で嵌張搭子を払っている。
普通に考えれば、小倉が聴牌しているように見えるのではないか?
ドラ暗刻とはいえ、自分の手牌は二向聴。
ポイントをリードしている立場でもあるので、切りを選びそうである。
藤崎はノータイムでツモ切り。
さらに、一向聴となった後の10巡目。
藤崎(南家) ツモ ドラ
その後、小倉はとツモ切りを続けている。
明石と清田は完全撤退の様相で、初牌のは出てきそうにない状況になっていた。
だが、ここでも逡巡することなく藤崎はツモ切ったのである。
「ロン」
藤崎は、この局の小倉の手をどう推理していたのだろうか。
『ドラ暗刻のあの手を和了れれば、ほぼ決まるので全部勝負するつもりだったよ』
『白が来てもツモ切るつもりだったし…』
対局後のコメントからすると、藤崎は小倉の手を一向聴と見ていたことになる。
とかといった形を想定していたのだろう。
小倉が1回戦から何度も繰り出してきた「遠くて安い仕掛け」
その残像が藤崎の脳裏に焼きついていたのだとすれば、小倉の作戦勝ちと言えよう。
念入りに蒔かれた戦略の種が今、大輪の花となって卓上に咲き誇っていた。
小倉(東家) ポン ポン ロン ドラ
「18000」
会場全体が凍りついたような静寂――。
藤崎の視線がその和了形に注がれている。
「はい」
はっきりとそう言って、いつもと変わらぬ無表情で点棒を支払う藤崎。
これで小倉に決まりだ。会場にいる誰もがそう思っただろう。
が、私には藤崎の妙に力強い声が耳に残っていた。
最大の障壁。その目は決して死んではいない。
有利な状況が一変して、逆に26700点差を詰めなければならなくなった藤崎だが、次局に早くも反撃のチャンスが訪れる。
藤崎(南家) ポン ドラ
7巡目にこの聴牌を果たし、さらに10巡目にはを持ってきて加槓。
この時点で待ち牌は、4枚とも山に生きていたのだが、は小倉と清田のところへ。
そして14巡目にツモ切ったに明石から声がかかる。
明石(西家) ロン ドラ 槓ドラ
「3900は4200」
追撃の契機を潰されたばかりか、小倉との差も広がってしまった。
一方、和了った明石も本来ならリーチと行きたいところだが、高目のが場枯れでは闇聴にするしかない。
展開も小倉に味方しているようだ。
東3局は藤崎の親番である。
小倉は他の二人が簡単に局を進めてはくれないので、自力で捌きに行く。
小倉(北家) ドラ
7巡目にこの一向聴から、上家清田の切ったを嵌張でチーして打
小倉(北家) チー ドラ
一向聴は変わらないが、受け入れが増えて仕掛けも効くようになる。
明石の現物で藤崎にも通りそうなが手の内に残してあり、万全の構えに見えた。
が、藤崎が9巡目にリーチ、13巡目にツモ和了。
藤崎(東家) ツモ ドラ 裏
「4000オール」
まず一歩差を詰める力強い引き和了を見せた藤崎である。
1本場は手にならないうちに小倉のツモ和了。
小倉が17500点リードして、勝負は南場に突入する。
南2局、再度藤崎に勝負手が入る。
藤崎(南家) ツモ ドラ
面子手と七対子の天秤で進めていた藤崎の4巡目。
既にとを自分で捨てている。
珍しく少考してから、を切った。
次巡、明石から出たをポンして、聴牌とらずの打
直ぐにを引いてを河に並べた。
藤崎(南家) ポン ドラ
『すぐに明石や清田くんから出たら見逃すつもりだったけどね』
だが、ドラ表示牌の対子落としを見せられては、これに対抗する者もおらず流局。
藤崎最後の親番である南3局は、明石のリーチ後に小倉が「500−1000」で潰す。
小倉(北家) チー ポン ツモ ドラ
オーラスを迎えて、小倉のリードは16900点。
前局の和了が利き、藤崎は跳満ツモ和了でも届かない。
藤崎に必要なのは、小倉から12000以上の直撃か、倍満以上のツモ和了。
他からの出和了は24000以上となっていた。
ここにきてやっと、協会員の悲願達成が現実味を帯びてきた。
南4局0本場は、大連荘に僅かな望みを託す明石がリーチするも、流局。
藤崎と小倉の差は変わらずに1本場となる。
供託のリーチ棒が残ったので、藤崎は他からの出和了が倍満でも良くなった。
7巡目に一向聴となっていた明石の10巡目。
明石(東家) ツモ ドラ
345と456の三色の天秤にとって、ここまで絞っていた初牌のをリリース。
これをポンして一向聴の小倉。
小倉(西家) ポン ドラ
その次巡、倍満条件の藤崎である。
藤崎(北家) ツモ ドラ
執念の門清聴牌。
だが、リーチしても小倉以外からの出和了は裏ドラ条件となる。
既に手変わりする有効牌が場に多く切られていて期待できず、ダマのままだとツモっても和了できない。
『が自分の目から4枚見えていて、が山にいるのが分かったからね』
そう考えていたとはいえ、優勝のかかったこの場面での決断には時間がかかるように思う。
しかし、藤崎のはノータイムで横を向いていた。
「リーチ」
13巡目には明石も追いついた。
明石(東家) ツモ ドラ
藤崎のリーチが清一色であることは明らかであるが、回し打つこともできない。
を横に曲げて河に叩きつけた。
「リーチ」
明石の待ちはが1枚だけ、藤崎はとが1枚ずつの計2枚が山残り。
一向聴のままの小倉は無筋を掴んで即ヤメ。後は藤崎が和了しないことを祈るだけである。
明石の一発目のツモは、索子。
ワンテンポ間をおいてから、声がかかる。
「…ロン」
藤崎(北家) ロン ドラ 裏
藤崎が狙い目と考えていたである。
藤崎はすぐに裏ドラをめくらずに、ドラ表示牌の左右を丁寧に離す。
ここまでやれば、優勝の行方が裏ドラに託されていることは誰でもわかる。
見えていない牌32枚の内、藤崎の勝利となる牌は5枚。
5/32、約15.6%で藤崎の優勝。
27/32、約84.4%で小倉の優勝。
そして、運命の牌が卓上に転がった――。
五十嵐代表が総評を述べている。
「ここの会場ではオーラスの大逆転がよく起こりますね」
「跳満ツモ条件とか、倍満条件とか…」
先に行われた第6期雀王決定戦で鈴木達也に逆転負けしたのが、五十嵐本人なのである。
清田は重圧からやっと解放されて、むしろほっとした表情。
対局中は、藤崎と同じくポーカーフェイスを貫き通した小倉だったが、目を真っ赤に充血させて、今にも泣き出しそうな顔になっている。
採譜を務めた鈴木たろうも、まるで自分が負けたかのように落胆していた。
『今日はいい麻雀を打てていたので、最後の裏ドラは乗ると思ってたよ』
『遅めにロンかけたのと、裏ドラをめくるのを引っ張ったのは、観戦者のためにね…』
最後の土壇場でファンに気を遣えるのは、さすがである。
打ち上げ会場の居酒屋を出ると、外は夕闇が迫っていた。
春分の日を過ぎたが、この時間はまだ肌寒い。
曲がり角のところで、今朝方寄った「赤城神社」のことを思い出す。
その方向を見やると、神社の杜が既に深い闇を作り出していた。
―あれが別の牌だったなら…。
私はそんなことを考えながら立ち止まって、闇にそびえる大きな樹を見つめていた。
藤崎は、私たちの前に神々しく立ちはだかる大樹である。
藤崎がめくったその牌は、まさに真っ直ぐ天に届く大樹を思わせるであった―。
2008年3月28日
文:佐久間弘行
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