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順位
名前
ポイント
1日目
2日目
11回戦
12回戦
13回戦
14回戦
15回戦
1
豊後 葵
135.0
8.6
90.5
-65.1
68.2
3.4
-19.5
48.9
2
冨本 智美
117.7
-1.1
-2.6
12.5
-22.9
50.6
74.4
6.8
3
福山 理子
-96.5
43.6
-167.1
68.8
12.1
-37.1
1.1
-17.9
4
大崎 初音
-158.2
-51.1
78.2
-16.2
-57.4
-16.9
-56.0
-38.8

1・2日目観戦記|最終日観戦記|

≪女流雀王決定戦最終日観戦記≫

★11回戦★(大崎→冨本→豊後→福山)

最終日開始時点でのポイントは、以下の通り。
豊後 葵  +99.1
大崎 初音 +27.1
冨本 智美 ▲3.7
福山 理子 ▲123.5

トータルトップは豊後だが、残り5半荘を考えると、薄氷のトップである。
大崎は1半荘で追いつけるし、冨本はこれよりも離れている点差から最終日で逆転優勝を果たしたことがある。
福山は少し置いていかれたものの、序盤で2勝すれば十分優勝圏内となる。

東1局、この日初めてのテンパイは、北家の福山であった。
6巡目 福山(北家)
 ドラ
純チャン、ドラ引きの手変わりがあり、役無しダマテンに構える。
しかし直後に、東家の大崎からリーチが入ると、福山はノータイムツモ切りで追いかけた。
大崎の手は、三色ドラの満貫手。宣言牌は、福山のアガり牌のである。

役無し、ドラ無し、待ち悪し、親リーチが入ってアガり牌を1枚切られた状態。
見た目にはちょっと、追いかけられそうにない。

「2日目は自分らしく打てなかった。最終日は少し前のめりでいきたい」
対局前にそう話していた福山は、独自の感性と胆力を武器に、悪条件だらけのテンパイを大崎にぶつけた。

山の悪戯も重なって、なんと大崎が一発で最後のをつかむ。
2600だが、点数以上に嬉しい結果となった福山。
ここまでトータルラスであったが、幸先の良いスタートを切った。

その後も、東場でアガり続ける福山。
東3局
 リーチロン ドラ 裏ドラ
東4局
 リーチロン ドラ 裏ドラ

大崎、冨本も負けじと加点する中、リーチ合戦で負け続けた豊後が、箱を割ってしまう。
最終日開始時点でのトータルトップとはいえ、初戦を落とすと精神的にも辛い。

南3局
尚も福山の攻撃は止まらない。
3巡目に、七対子のリーチを入れる。
3巡目 福山(南家)
 ドラ

余談だが、過去の女流雀王決定戦で、ダブ南単騎で早いリーチをかけた局は2局ある。

第10期女流雀王決定戦7回戦南1局、水崎 ともみの七対子。
第12期女流雀王決定戦11回戦オーラス、眞崎 雪菜の七対子。
いずれも、2巡目と3巡目のリーチであったが、山に深すぎたり、他家に暗刻であったりで、アガれていない。

そして今回の、福山の七対子。
これは麻雀力でもなんでもない。
ただ山は、ここ一番の局面で福山に3巡目満貫テンパイを渡した上に、アタり牌を豊後と大崎に1枚ずつに散らせた。

どちらもいつ出してもおかしくない牌姿であったが、結果として、先に中張牌が押し寄せてきた現女流雀王の大崎が捕まる。
 ロン ドラ 裏ドラ

ほっと胸を撫で下ろす豊後。

この後も大崎は「出る形」でアタリ牌をつかまされ、なんと3局連続放銃で41000点持ちから転げ落ちてしまう。
2日目を全て逆連対で終えた福山が、これまでの鬱憤を晴らすように、大きなトップを取った。

11回戦終了(カッコ内はトータルポイント)
豊後 葵  ▲65.1(+34.0)
大崎 初音 ▲16.2(+10.9)
冨本 智美 +12.5(+8.8)
福山 理子 +68.8(▲54.7)

 

★12回戦★(豊後→大崎→冨本→福山)

最終日開始時点でのトータル着順と、真逆の着順で終わった。
まだ全員に優勝の目がある。見ている側としては、なかなか面白い。

東2局、冨本が序盤からを仕掛け、この捨牌。
捨牌

全て、手出しである。
手の進捗はこれだけでは分からないが、実はこの瞬間、開けてビックリのテンパイが冨本に入っていた。

5巡目 冨本(南家)
 ポン ポン ドラ
よりも後に意図的に残したが、ピンズのホンイツの可能性を薄くする。
しかし、つかめば誰でも出るはずのが、山に深かった。
終盤、そのを重ねて純チャンをテンパイした大崎が、生牌のを勝負した。

14巡目 大崎(東家)
 ドラ

ピリピリ。大崎が押している空気が、冨本にも伝わる。
12000点同士のぶつかり合いである。決まれば、大きい。

しかし、抱えていたを打てるようになった福山が、ダマテンのピンフで静かに流し、二人のケンカを仲裁した。

15巡目 福山(西家)
 ロン ドラ
展開が味方している事も事実だが、場の空気を読む福山の感覚は流石である。

フラットな点数状況で迎えた、東4局。
ここまでアガり続けた福山も、徐々に手が入らなくなってきた。
代わりに、初戦で何もできずにラスを押し付けられた豊後から、元気良くリーチが入った。

13巡目 豊後(南家)
 ドラ
久しぶりにテンパった!リーチの発声と共に、鼻息荒く宣言牌を河に叩きつけた瞬間、パブリック会場で見ていた観客に爆笑が起きた。
マナー違反で、ここまで周囲を和ませるプロも珍しい。
これは、豊後にしか出せない空気だと思う。

終盤、冨本に同じ-待ちテンパイで追いかけられるも、負けるもんかとをツモりあげ、1000・2000。

このアガリを皮切りにして、ここから豊後がアガり続ける。

南1局
 リーチ一発ロン ドラ 裏ドラ

南1局1本場
 ポン ツモ ドラ

南3局4本場
 ロン ドラ

オーラスもドラ3をきっちりとアガりきり、豊後が前半荘のラスを帳消しにする貴重なトップとなった。

南4局2本場
15巡目 豊後(南家)
 ポン ポン ロン ドラ

12回戦終了(カッコ内はトータルポイント)
豊後 葵  +68.2(+102.2)
大崎 初音 ▲57.4(▲46.5)
冨本 智美 ▲22.9(▲14.1)
福山 理子 +12.1(▲42.6)

 

★13回戦★(大崎→冨本→福山→豊後)

現女流雀王の大崎だけが、逆連対を押し付けられている。
どこかで浮上のきっかけを作りたいが、どうしても手が入った時に他家の手とぶつかってしまう。
この半荘も、リーチ負けで豊後に満貫を打ち上げるスタート。

東1局
14巡目 豊後(北家)
 リーチロン ドラ 裏ドラ

パブリック会場内には、「またつかんだか…」の空気。
大崎は最終日ここまでの29局中、なんと10局も放銃をしている。
ただ、はっきり言って淡白な放銃は一つも無く、どれも牌姿とタイミング上、打ってしまう牌なのである。

昨年の決定戦では眞崎 雪菜を、一昨年は吉元 彩を…そして3年前は豊後葵を苦しめた「牌の巡り合わせ」が、今日は大崎に意地悪をする。

ようやく、と言ってはおかしいが、東3局には豊後から8000点をアガり返す。

14巡目 大崎(西家)
 ロン ドラ
放銃した豊後も萬子のホンイツ三暗刻含みのテンパイで、紙一重。
しかし大崎は次局福山に放銃し、微差ながら再びラス目に落とされた。

比較的フラットな点数状況で南入。
南2局、冨本から4巡目リーチが入った。
4巡目 冨本(東家)
 ドラ

冨本 捨牌

対して、同巡大崎の手牌。
4巡目 大崎(北家)
 ツモ ドラ

二つ字牌を鳴ければ勝負になるが、こんな形から、訳のわからない捨牌に対して押したくはない。
この半荘既に大崎の親番は無く、親の高い手に放銃してしまえば挽回は難しい。
何より、執拗に襲ってくる放銃牌が、そろそろ大崎を怯ませてもおかしくはない。

しかし大崎は、果敢に字牌を二つ仕掛けると、全ての無スジを切り飛ばして真っ向勝負に出た。
ここを勝負どころと決めても、放銃すれば周囲から揶揄されかねない状況の中で、最後まで押し切るのは、並大抵の胆力ではない。

道中、山にいそうなフリテンに受け変えるも、流局。

 ポン ポン チー ドラ

開かれた手牌と捨牌に映る強固な意志が、対局者を戦慄させる。

南3局
しかしこの日の大崎は、放銃役を押し付けられるだけではなく、アガリ牌が山にいなかった。
豊後のリーチに対してドラポンで押し返すも、王牌に殺され流局してしまう。

大崎
 ポン ドラ

福山の手からはが飛び出てもおかしくない捨牌と場況であったが、
最後まで福山が手詰まらなかったことが大崎にとって更に不運であった。

南4局
オーラスを迎えて、点数状況は以下の通り。
東家 豊後:23300点(+102.2)
南家 大崎:23100点(▲46.5)
西家 冨本:28300点(▲14.1)
北家 福山:24200点(▲42.6)

誰もがトップにもラスにもなれる。
現状、この半荘一度も放銃をしていない冨本が、微差のトップ目である。
できれば豊後をラスにしたいが、贅沢は言っていられない。

最初のテンパイは、3巡目の冨本。
3巡目 冨本(西家)
 ドラ
も、一枚も切れていない。
役無しだが、冨本は慌てずダマテンに構える。
次巡を引くと冨本は、打で悠々とテンパイを崩した。

リーチ後に反撃されると弱い。を叩ければ柔軟に構えられ、少しだけ豊後への直撃チャンスが増す。
カンでリーチをしない理由は沢山あるが、この点数状況、トータルポイントで追う立場で、これだけ腰を据えた麻雀を打てる冨本には、やはり女流雀王の資質がある。

狙い通り、すぐにが鳴け、福山のを捕える。
見逃すことも考えていたが、大崎のダブポンなどで煮詰まりつつあり、仕方がない。

貴重なトップを自らの手でもぎ取り、女流雀王の返り咲きに一歩近づいた。

13回戦終了(カッコ内はトータルポイント)
豊後 葵  +3.4(+105.6)
大崎 初音 ▲16.9(▲63.4)
冨本 智美 +50.6(+36.5)
福山 理子 ▲37.1(▲79.7)

 

★14回戦★(冨本→大崎→福山→豊後)

豊後にこの半荘のトップを取られると、優勝が決まってしまう。
逆に豊後は、ここから先の押し引きが難しい。
押しすぎると狙われるし、守りすぎているとラスを押し付けられる可能性があるからだ。

東2局 中盤、豊後の形が良い。
このくらいの手が入ったら、多少は押したい。
8巡目 豊後(西家)
 ドラ

ところが次巡、福山からリーチが入った。
9巡目 福山(南家)
 ドラ

ふと豊後の手牌に目を戻すと、あろうことか一発でをつかまされていた。
序盤に自身でを切っており、押すならツモ切りしかない。

しかし豊後は、迷いなく現物のに手をかけ、を中抜いて手を崩した。
すぐに福山がをツモあがり、1000・2000。

次局も豊後は、
 ドラ
この形から、仕掛けている福山のアタリ牌のをピタリと止め、放銃を回避。

貴重な加点チャンスで、ここまで整った形をオリるのは勇気がいる。
それでも、打てない牌は打たない。その冷静さと慎重さが、豊後を初の女流雀王へと一歩ずつ近づける。

東3局1本場、福山の親番。現状、33400点持ちのトップ目である。
福山もこの半荘でトップをとれば、まだまだ優勝の行方はわからない。

序盤にを叩いた。ここまでは、誰でも同じ手順である。
8巡目 福山(東家)
 ポン ツモ ドラ

しかし、ここからが福山麻雀の真骨頂。
ドラをツモったところで打とし、テンパイを崩した。

確かにトータルポイントを考えると、多少は親番をゆっくりやらせて貰える可能性はあるが、トイトイにならなければ、打点は2900〜3900である。
それなら現状2000点テンパイの方が…という一般的な思考をよそに、平然ともう一枚を入れ、とんでもないテンパイを果たした。
13巡目 福山(東家)
 ポン ドラ
2000点→MAX24000点(8000オール)の変化である。
これは流石と言わざるを得ない。
決まれば決定打であったが、惜しくも流局。

南1局 またしても、フラットな点数状況で南入。
実はここまで、全員を通して大きなアガリが少ない。
3日間の戦いも後半戦になればなるほど、高い手がそれだけで勝負を決定付ける意味が出てくる為、皆慎重にならざるを得ないのだ。

だから、それは突然の出来事のように感じた。
背後からスッと出てきた、という表現が近い気がする。
アガリも放銃も殆ど無く、淡々と模打を繰り返していた冨本が、いつもと変わらない仕草で、ツモ牌を手元に置いた。

9巡目 冨本(東家)
 一発ツモ ドラ 裏ドラ
大きな大きな6000オール。
これで、トータルポイントで冨本と豊後がほぼ横並びになった。
また、大崎と福山のトップが難しくなり、最終戦を豊後との1対1に持ち込める可能性が増した。

南2局1本場
ここまでの点数状況は、以下の通り。
東家 大崎:6300点 (▲63.4)
南家 福山:11800点(▲79.7)
西家 豊後:21500点(+105.6)
北家 冨本:59400点(+36.5)
※()内は13回戦終了時のトータルポイント。

この半荘でトップを取らないと、大崎の女流雀王は事実上終了してしまう。
言い換えると、大崎にとってこの親番が最後のチャンスである。

7巡目に、以下の牌姿となる。
7巡目 大崎(東家)
 ドラ
遠くに四暗刻が見えるが、それよりも早くリーチを打って、他家の足を止めたい。
しかし、考えられる限りで最悪の入り目を持ってきてしまう。

11巡目 大崎(東家)
 ツモ ドラ
索子は特別良さそうではないが、巡目を考えてリーチも致し方なしか。
しかし大崎は、をそっと離しダマテンに構えた。

次巡、福山からリーチが入るも、ダマテンのまま無スジを押す大崎。
どんな危険牌を引いても、大崎はカメラに分かりやすくツモ牌を見せる。
自身にとってこれが最後のチャンスなのに、こんな時でも視聴者を想うことを忘れてはいない。

三暗刻かドラを引いての両面。それがこの手の最終形だ。
たとえアガれなかったとしても、精一杯やれることをやりたい。
そう、勝つとか負けるとかじゃなくて、みんなにカッコいいところを見せるんだ。

を暗カン。リンシャンから持ってきた待望のに、パブリック会場が沸いた。

リーチ!

14巡目 大崎(東家)
 暗カン ドラ

この終盤で、-は山に三枚も寝ている。

本当に逆転して優勝するんじゃないかーーー!
パブリック会場内で、顔を見合わせ口々にそう話す声が聞こえた。
大歓声がモニターを包み、大崎の持ってくる牌に大きな期待が寄せられた。

しかし、この日の牌山は、最後まで大崎に対して厳しかった。
観客に、大崎に、一度も夢を見させることなく、なんと三枚目の大崎につかませたのだ。

16巡目 福山(南家)
 リーチロン ドラ 裏ドラ

麻雀だから、上手くいく時もあれば、上手くいかない時もある。
だけど、負けた時こそ、ピッと凛々しく。
大崎の中でずっと変わることの無い、一つの決まりごと。

怒りでも諦めでもない、微笑みすら浮かべた、穏やかな表情。
そっと福山の手元に点棒を置き、丁寧に牌を流すその仕草は、誰よりもカッコいいと思った。

14回戦終了(カッコ内はトータルポイント)
豊後 葵  ▲19.5(+86.1)
大崎 初音 ▲56.0(▲119.4)
冨本 智美 +74.4(+110.9)
福山 理子 +1.1(▲78.6)

 

★最終戦★(冨本→大崎→福山→豊後)

最終日を首位で迎えていた豊後が、ついに冨本にその座を明け渡した。
しかし両者の差は、僅か24.8ポイント。殆ど着順勝負である。
様々な想いをかけた、冨本と豊後の最後の一騎打ちが始まった。

東場は、豊後が積極的にリーチで攻めた。

東1局 豊後(北家)
 リーチツモ ドラ 裏ドラ

東3局1本場 豊後(南家)
 リーチツモ ドラ 裏ドラ

どれだけアガっても、女流雀王を手中に収めたという確信が持てない。
数々の決勝戦で舐めてきた辛酸が、豊後の気持ちをいつまでも楽にさせないのだ。
それでも、豊後が一つアガるごとにパブリック会場に沸き上がる大きな歓声が、モニターの向こうから豊後の手を引いてくれた。

豊後葵は18歳で麻雀を始めた。当時、焼肉店のアルバイトでホールとキッチンの責任者を任されていた彼女は、毎日深夜2時まで働いては、出勤前の僅かな時間をMJに充てる生活を送っていた。
いつも一時間の休憩の間にダッシュでゲームセンターに向かい、2回MJを打っていたというから、驚きである。

やがて豊後は、店舗責任者の地位を捨てて、麻雀一本で食べていくことを決意する。
師と仰ぐ人間にも出会い、厳しい環境の中で、一途に麻雀を勉強してきた。

一方で冨本智美は、大学卒業後に国語の教師をしていたという、異色の経歴を持つ。
ピアノ、絵、水泳、バスケットボール。幼少期からどれも10年以上は続けてきたが、逆に言えば長く続けた「だけ」であった。
しかし麻雀だけは、違った。友人に誘われて何の気なしに始めたこのゲームに、まさかこんなにも真剣に取り組むことになるとは思わなかった。

勉強会にも積極的に参加し、難しい盤面は納得がいくまで考察を重ねる。
麻雀を最後まで極めたいと思った彼女は、いつしか教師も辞めて麻雀だけの生活に浸かるようになった。

二人に共通することは、「見えないところで頑張るタイプの努力家」であるというところである。
放課後の運動場で誰もいなくなったのを確かめて、できるようになるまで逆上がりの練習を続けるような、そうしたタイプの二人なのだ。

それだけ頑張ったのなら、もうどちらも優勝でいい、と小学校の時なら言っていたかもしれない。
しかし、麻雀の勝者は一人である。我々にできることは、二人の努力に敬意を表して、勝者の行方を最後まで静かに見守ることである。

東場を終えて、豊後33300点、冨本22900点で折り返した。
さあ、残るは南場である。

南1局 冨本、最後の親番。
誰にも見えないように、豊後がひとつ大きな深呼吸をする。両者にとって、大事な局面である。

東場の豊後の攻撃を、冨本は唇を噛みじっと耐えてきた。
しかし冨本も、負けるためにここに座った訳ではない。
ここから、第11期女流雀王冨本が粘る。

1本場
 暗カン ポン ドラ
豊後の一人ノーテン。

2本場
 チー ドラ
冨本と福山の二人テンパイ。
(福山の待ちは-

3本場
 ドラ
冨本の一人テンパイ。

アガることはできなかったが、3局連続ノーテンを豊後に押し付けた。
4本場で大崎の1300・2600に競り負け、冨本の親番は終了となったものの、なんと豊後まで2700点差に詰め寄った。

南2局 豊後26100点、冨本23400点。
豊後に、東場の貯金はもう無い。オーラスが親番である豊後は、できれば1局で伏せることができるように、そろそろアガりたい。

その豊後が、ドラを重ねたところで、場を見渡した。
7巡目 豊後(西家)
 ツモ ドラ
を切って、リャンメン・リャンメンのイーシャンテンに取るのが普通か。
ところが長考の末、豊後はソーズのリャンメンに手をかけた。
正直、これには驚いた。

ただ、理由はあった。
豊後の捨牌が、以下のようになっている。

は他家の河と合わせて四枚見え。は一枚切れで、シャンポンテンパイとなった時に、かなりの狙い目となる。

そうは言っても、テンパイ前に二枚目のを切られたら、目も当てられない。
すぐに-を引いて、言わんこっちゃない、って空気が流れるかもしれない。

しかし、直後にを引いた豊後は、元気良くリーチを宣言。
ソーズに手をかけた時点で首を傾げていた数人の観客が、たったいま首を傾げていたことも忘れて、揃って歓声を上げていた。

上手くいくとか、いかないとかじゃなくて、みんなを惹きつける力。
これが豊後葵の麻雀なんだと思った。
子どもみたいな言い方だが、単純な-テンパイよりも、見ていてわくわくした。

最後の親番でを持ち持ちの大崎が、をつかむ。

11巡目 豊後(西家)
 リーチロン ドラ 裏ドラ

豊後オリジナルのアガり。
結果として、-は場に一枚も出なかった。

南3局 豊後31300点、冨本23400点。
もう親番は無いが、満貫で豊後に届く冨本。
を仕掛け、トイトイのテンパイを入れる。
6巡目 冨本(西家)
 ポン ドラ

は一枚切れ、は生牌である。
11巡目に、最後の親番である福山からリーチが入った。
しかし、冨本も簡単にはオリれない。頭は冷静さを保とうとしても、右手に熱がこもる。
ところが、終盤持ってきた牌に、思わず息を呑んだ。

14巡目 冨本(西家)
 ポン ツモ ドラ

ドラを、つかんだのだ。冨本の両目が、福山の捨牌を凝視する。
は、超がつくほどの危険牌である。

福山捨牌


押すか、退くか。

放銃すれば、恐らくその場で冨本の女流雀王の可能性は消えてしまう。
その恐怖が、を簡単にツモ切らせない。しかし、こういうを押し切ってビッグタイトルを手にしてきた先人たちがいるのも、また事実である。

長い沈黙の末、冨本はを落とした。
福山のテンパイならまだチャンスはある。
とにかく、ドラで打ったらほぼ終わりなのだ。

しかし。なんと残酷にも山は、終局直前の冨本にを配った。
流局後、答え合わせで開いた福山の待ちは-
結果論だが、冨本は1枚もつかんでいなかった。

南3局1本場 豊後30300点、冨本22400点。
一呼吸置き、配牌を取る冨本。
選択の正誤を検証しているヒマは、今はない。あと2局、自分のやれることをやるだけだ。

幸い、手もまとまっている。
5巡目に、以下の牌姿となった。
5巡目 冨本(西家)
 ツモ ドラ
何も条件が無ければ、そのまま単騎のリーチで良いのかもしれない。
500・1000をツモれば、オーラス豊後は伏せることができない。
ただ、出て1300が一番寒い。

を切って仮テンを取るも、一発目のツモは
結果論とはいえ、もはや冨本を動揺させたいが為だけに山が置いたとしか、思えない。

更に、冨本に試練が襲いかかる。
豊後が、ドラのを暗カンしたのだ。これをアガられても、冨本の女流雀王は終わる。

直後に、単騎に受け変えた冨本。
山読みはしにくいが、良さそうな単騎を持ってきたら曲げてやる。
そう考えていたところに、を持ってきた。
9巡目 冨本(西家)
 ツモ ドラ

?全く良さそうには見えないが、巡目を考えてもう曲げるか。
どんな単騎に受けたって、大崎と福山からの出アガりは期待できない。
ただ、腹をくくった豊後から押し返されたら頼りない。
そっとダマテンで単騎に受け変えると、またしても一発ツモでを持ってきた。
めまいがしそうだ。

しかし、ここでも冨本に選択が迫られる。
ツモ宣言をするか、を切ってフリテンリーチといくかだ。
豊後はカンをしてから手出しでを切っており、その後はツモ切りを続けている。
よほどリンシャンからラッキーツモをしていない限り、ほぼイーシャンテンと見てよい。
ツモ宣言をすると、オーラス一局勝負となってしまうが、この局で豊後に放銃して終了、というシナリオは避けられる。

「……あそこは、勝負どころと決めてフリテンリーチすべきでした。
14回戦まで、自分の麻雀の全てを出してきましたが、最後の15回戦だけは、まだやれることがあったと思います」

後日、落ち着いた表情で、そう話した冨本。
後悔はしないようにと決めていたのに、時間が経った今でも、あの一局を思い出すと、心が首を横に振る。
少考の後、冨本はそっとを手元に置き、静かにツモを宣言した。
ちなみに豊後は、愚形含みのイーシャンテンであった。

南4局 ついに、オーラスを迎えた。
豊後29900、冨本24800。その差、5100点。
親番の豊後は伏せるだけ。一局勝負である。

前局、見方を変えると、トップ目の立場から臆することなくドラをカンして冨本を脅した豊後が妙手だったとも言える。
ドラカンが無ければ、冨本は躊躇なくフリテンリーチにいっていただろう。
オーラスで豊後が伏せられる権利は、豊後自身の手で勝ち取ったものだ。

冨本は、1000・2000もしくは2600直撃、5200出アガり条件。
しかし、冨本以外の三者はアガりに向かうことはない為、実質、冨本VS山である。

冨本の最後の挑戦に、ツモも応援をした。
7巡目冨本(南家)
 ツモ ドラ

アガっている形から、を切ってフリテンリーチをかける。
をツモれば、冨本の優勝である。

「頑張れー!!とみもとー!!」
パブリック会場内で、大絶叫が渦を作った。祈っても結果は変わらないことを、みんな分かっているけれど、自然と胸の前で手を組んでしまう。
冨本の一年間の努力の答えが、次にめくる牌に書いてある気がして、みんな瞬きもせずにモニターを見つめた。

仕掛けて一発と海底を消した豊後が、最後の集中力をベタオリに使う。
一年間必死に努力をしたのは、冨本だけではない。力を込めて牌山に手を伸ばす冨本を、歯を食いしばって見つめる。

プロクイーン決定戦。夕刊フジ杯個人戦。野口賞。そして、女流雀王決定戦。
これまで、実に8回の決勝戦に駒を進めたものの、いつも一番になれなかった。

「豊後は肝心なところで優勝ができないよね」
いつしか、周囲の揶揄にも慣れた自分がいた。

ここで冨本に逆転優勝されたとしても、自分を慕ってくれるファンは、きっと豊後の帰りを温かく迎えてくれるだろう。
またひとつ、「優勝できないキャラ」が定着して、みんな笑ってくれるかもしれない。

それでも。それでも、やっぱり一番になりたい。

―――ツモるな!

今にもツモ牌を手元に引き寄せてしまいそうな冨本の右手を、心の中でつかむ。
あと5枚…あと4枚…捨牌も三段目となり、それぞれの脳内でカウントダウンが始まった。

は、残り一枚いる。
山を探し尽くした冨本が、ついに最後のツモ牌をつかんだ。
誰かの唾を飲み込む音が、聞こえた。

どっちだ。どっちなんだ。
冨本の右手に、全ての視線が集まった。
二人が一年間求めてきた答えが今、開けられる。

―――ストン、と河に落ちた。

瞬間訪れた、静寂。
しかし、すぐに沸き起こった歓声が、長い長い勝負の終わりを告げた。

豊後の肩が、小さく震え出した。

やっと、やっと、一番になった―――

ずっと心の奥に押し込めてきた、これまでの辛かった日々の記憶。
どんなに優勝できなくても応援してくれたみんなの期待に、やっと応えることができた嬉しさ。
様々な気持ちが豊後の内側から溢れ出して、頬を伝う。もう、止まらなかった。

「ブンゴおめでとう!」
終局後、真っ先に声を掛けたのは、4位の大崎初音であった。上下する豊後の肩が緩み、僅かに笑顔が覗く。
昨年の決定戦で、4位の眞崎雪菜がおめでとうの声を大崎にかけたことを、私は思い出していた。

先程までの緊迫から解き放たれたパブリック会場内も、そこら中ですすり上げる音が聞こえてきた。
解説席の片山 まさゆき氏も、朝倉 ゆかりも、二見 大輔も、みんな、涙ぐんでいた。

一つの決勝戦で、ここまで大きな感動の渦に包まれたのは、単に大接戦であったからだけではない。
豊後 葵という一人の人間が、こんなにもみんなに愛されているからだと思う。

手が痛くなるほどの惜しみない拍手が、暖かい毛布となって、長い戦いを終えた豊後の背中にかけられた。
鳴り止むことのないその拍手が、いつまでも、いつまでも会場内を包んでいた。

 

表彰式。
4位…大崎 初音
最終日の大崎は、ひとことで言うと本当にツイていなかった。
毎局のように手牌に訪れる危険牌とアガれない展開が、黙々と大崎の点数を減らし続けた。

それでも大崎は、決定戦を通してただの一度も、伸ばした背筋を崩すことがなかった。
全てがカメラには映っていないが、アツい放銃をした後も笑顔で点棒を支払っていた。
それは大崎が、ただ麻雀教室の先生だからだけではない。
麻雀を真摯に愛し、対局者を尊敬する、大崎の人柄の現れだと思った。

みんなも知っているように、少しぐらいの不遇なんて吹き飛ばしてしまえる程の元気と笑顔が、大崎にはある。
来年もまた、何事も無かったかのように、この決定戦の椅子に座っていることを、我々は期待している。

3位…福山 理子
「…やっぱり、3人とも敵わない人たちだなと思いました。でも、最後は凄い楽しくやれました。応援してくれた皆さんに感謝です」

謙虚なコメントを残した福山。
後半戦は手が入らず苦戦をしたが、トリッキーかつ大胆な押し引きは、他3人にとって脅威であったに違いない。
きっとすぐに福山は、またこの舞台に戻ってくる。
なぜなら福山は、これまで一度もAリーグから陥落をしたことがない実力者であるからだ。

2位…冨本 智美
「ちょっともったいなかったかなっていう場面があって。ちゃんと打っていたら、優勝できたかなって思うので、悔しいです。
また一年、勉強して戻ってきます」

真っ赤に腫らした目で、冨本は静かにインタビューに答えた。

我々観戦者からすると、感想は逆である。
冨本がちゃんと打っていたから、冨本は女流雀王になれなかったのだと思う。
最終戦、南入してからは、難しい選択の連続であった。幾つもの無邪気な「結果論」が、冨本を苦しめた。

冨本が一度でも集中を切らした選択をしていたのなら、逆に冨本は女流雀王に輝いていたかもしれない。
しかし冨本の実力が女流雀王に相応しいものであったからこそ、冨本は今回、女流雀王になれなかった。
そのことは観戦者の我々に、痛いほど伝わっている。

今流しているこの涙が、きっと来年の栄冠に繋がっていくことを、我々は信じている。

そして、豊後 葵。
二見 大輔から、厳かに優勝者の名前が告げられた。にこにこ顔の豊後が、モニターに現れる。

「おめでとう!」
大崎も、福山も、解説陣も、大きな祝福を豊後に送った。
それはまるで、結婚式の花道のようにも見えた。

そして、モニターには映らなかったが、2位の冨本が、一際大きな拍手と笑顔で、勝者の豊後を称えていた。
誰よりも悔しい思いをしたはずの冨本が、涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、力強く豊後を表彰台に送り出したその姿は、とても立派であった。

マイクを持つと、豊後の手が小さく震え出した。
「いつも……決勝奪れなくて……何回やっでもどれなくて……やっどどれました!」
涙に濡れた声で、しかしはっきりと、カメラに向かって真っ直ぐに答えた。

「……私の周りに…いつも応援してくれる人たちがいっぱいいて……
 いつもいい結果を残せなくて、恥ずかしい気持ちと…とらなきゃって気持ちが
 いっぱいあったんですけど……恩返しできて本当に良かったです…!うれしいです!!」

ずっと、ずっと頑張ってきた。
本当に努力をした者だけが流せる裸の涙が、止め処なく頬を伝う。
ひとつの努力が形になった時、こんなにも人は感動するものであることを、
今回の対局で気付かされた。

二見 大輔が、温かく場を締める。
「今は泣いているけど、明日からはまたいつもの豊後葵で元気良くいきますので、
 宜しくお願いします」

その瞬間、豊後の表情が明るく変わった。
頬を濡らしたままの満面の笑みが、ドアップで映る。
いつか言ってやると、ずっと心に秘めてきたひとこと。

第13期女流雀王の『豊後 葵』です!!

 

今日一番の泣き笑いが、パブリック会場に起きた。

 

(文・藤原 哲史)

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