順位 |
名前 |
TOTAL |
1日目 |
2日目 |
11回戦 |
12回戦 |
13回戦 |
14回戦 |
15回戦 |
1 |
武中 進 |
245.0 |
-43.4 |
-11.5 |
83.3 |
55.4 |
8.8 |
87.5 |
64.9 |
2 |
斎藤 俊 |
119.8 |
184.2 |
170.9 |
-74.5 |
7.0 |
-54.7 |
-58.2 |
-54.9 |
3 |
渋川 難波 |
-135.3 |
7.2 |
-165.4 |
14.5 |
-47.1 |
79.0 |
-4.5 |
-19.0 |
4 |
板倉 浩一 |
-230.5 |
-148.0 |
5.0 |
-23.3 |
-15.3 |
-33.1 |
-24.8 |
9.0 |
|1・2日目観戦記|最終日観戦記|
【雀竜位決定戦 最終日観戦記】
眞崎雪菜を思い出せ。
―――奇跡の大逆転優勝
在籍歴の長い協会員にこのテーマを投げかけた時、おそらく殆どの人間が一様に名前を挙げる一つの決定戦がかつてあった。
第4期女流雀王決定戦
観戦記
最終日開始時点でトータルトップを走っていた選手との差、実に381.4ポイント。
これをたった5半荘でひっくり返す協会タイトル戦史上最大の逆転劇を演じたのは、当時選手としてまだ無冠であった眞崎 雪菜。
この初タイトルをきっかけに、眞崎は翌年には史上初の女流雀王連覇を達成。
更には第15期女流名人も獲得し、協会最強の女流雀士の一人として認知される存在となる。
そして何よりこの決勝は、協会ルールのタイトル戦決勝で最終日をほぼ絶望的な大差で迎えた選手達に対し、奇跡の拠り所としてこれまで語り継がれてきた。
第13期雀竜位決定戦も最終日を迎え、首位斎藤と2位につける武中との差は410.0ポイント。
3位板倉と4位渋川に至っては約500ポイント離れている。
要するにここから挑戦者3名が斎藤を捲るには協会の歴史、競技麻雀界の歴史さえも覆すような逆転劇を要することになる。
「まだ諦めてません」
卓上に座している権利がある限り優勝の可能性は0ではない。
0ではないが…3者がこう口を揃えても虚構に思えてしまうのが9割9分の本音。
優勝以外に価値が無いとされるタイトル戦決勝だが、それぞれの順位で賞金や来年のシード権も実際は異なってくる。
現実的に考えれば、最終日はほぼ2位争いの戦いがメインテーマとなるだろう。
決勝2日目が終わった数日後のこと、自分がよく足を運ぶ麻雀プロの研究会で“奴”と最終日のことを少し話した。
当たり前の話だが“奴”とは30数年来の付き合いでもあり、長い間同じ屋根の下でも暮らした訳で、
大体最終日についてどう考えているかも聞かなくても察しはつく。
「トータル2位とは言え、優勝は正直ほぼもう諦めているし、現実的には2位を確保する戦いにどこかでシフトするだろう」
「只斎藤に一番ポイントの近い自分が最初から完全に諦めてしまえば見てる人も楽しくない」
「自分より苦しいポイント差で戦うことになる2人の為にも、簡単に諦めたとは口に出せないかな」
何かしらの予想外の心構えでもあるかもなと思ったが、概ね想像した通りの回答。
付け加えて苦笑しながらこんなことも言っていた。
「お前もこんな決勝最終日の観戦記者じゃ、書くネタ無くて大変だろうだね」
(お前が一応トータルポイント斎藤と一番近いんだから少しは面白くしろや…。でもきっと無理なんだろうな…)
理想論を掲げて檄を飛ばすこともできるのだが、そんな戯言に近い励ましをする間柄でもなければ、お互い理想主義者でもない。
特にその後細かい話をすることもなく、その日は終わった。というか、話すべきことも無かったという方が正しい言い方だろう。
何せ肝心の優勝争いがほぼ決着済の勝負なのだから。
決勝当日。対局前のスタジオに行っても運営スタッフはもとより、選手4名も平素よりリラックスした雰囲気に映る。
もう大きな波乱もないだろう、この時点では会場にいた誰もがそう思っていた。
斎藤の優勝が早々に決まって消化試合が確定すればもう細かい闘牌を追う必要も無い。
そうなったら対局中でも観戦記を書き始めてしまおう。
収録スタジオ内に用意されたモニターの前に腰掛け、自分もそれ位の軽い気分で持参したPCの原稿ファイルを開いておいた。
だがこの日、その開いたPCに文字が打ちこまれる事は結局一度も無かった訳だが。
★11回戦★(板倉→渋川→斎藤→武中)
斎藤は後1回トップを取れば完全決着となるし、更にはトップを狙いに行く必要さえない。残り5回を無難にやり過ごすだけだ。
そうはさせまいと挑む武中、渋川、板倉の挑戦者3名、彼らの出だしは思いのほか順風だった。
東1局 板倉(東家)
ロン ドラ
東1局1本場 渋川(南家)
リーチ一発ツモ ドラ 裏ドラ
東2局1本場 武中(西家)
リーチツモ ドラ 裏ドラ
斎藤にしてみればいかにポイントを離しているとは言え、一応ラスだけは避けて通りたい。
それには誰かが高い手に放銃してそのままラスを引き受けてくれるのが一番楽な展開な訳だが、
上述の通り自分以外の3名全員が序盤に高打点をアガリ、自動的にラス目に追いやられる。
このまま斎藤ラスで今日の初戦が終われば、少しは面白い展開になってくれるかなと思いながら見ていると、
東4局でこの日最初の勝負所が訪れた。
東4局2本場、現状持ち点は以下の通り。
武中 36200
板倉 15000
渋川 36700
斎藤 12100
まずピンズ仕掛けの渋川が先制テンパイ。
渋川(西家) 10巡目
ポン ポン ドラ
それに追いついたのが同巡の斎藤。
斎藤(北家) 10巡目
ドラ
役満への手変わり、染め手濃厚な渋川から既に溢れているピンズ、そして親武中の河。
気持ちが守勢へと傾いていればリーチを避けるべき要素はいくらでもある。しかし斎藤はノータイムで牌を横に曲げた。
実際四暗刻に変わる枚数は少ないし、重ねる必要のある牌がソーズの真ん中では期待も薄い。
ラス目なだけに打点も欲しいし必然の選択だろう。
これに対して押し返す渋川、更には親の武中も反撃のリーチを打つ。
武中(東家) 12巡目
ドラ
斎藤を大きく沈めるチャンスとなった今日最初の三つ巴戦だったが、2日目までの再現VTRを見るかの様に斎藤が引き勝った。
斎藤(北家) 13巡目
リーチツモ ドラ 裏ドラ
(ああ、やっぱり駄目なのか)
正直この局と次局の板倉の親落ちを見てもう決着がついたなと思った。
このまま斎藤がラスを回避すればやはり優勝は盤石だろうし、加えて今トップ目なのはトータルが一番近い武中ではなく渋川だ。
斎藤であれば、ここから武中のトップを阻止する為に渋川へのアシストさえしてくるだろう。
これから他3名はどう打っていけばいいのだろう?そしてそれをどう採り上げればいいのだろうか?
早くもそんなことを憂いながら観戦記の原稿内容を考え始めていた訳だが…
南2局、突如奇跡の鐘の音が鳴り始めた。
南2局1本場、まず最初の分岐点は斎藤の2巡目。
斎藤(南家) 2巡目
ツモ ドラ
ここから手の内にを入れ、を切り出した。
ホンイツへの渡りもあるし、何よりもう状況的に役無しのリーチは極力控えたいのだろう。が皮肉にも次のツモが。
本人納得済のテンパイ逃しだろうが、前巡素直にイ―シャンテンに受けていればここで-待ちの両面リーチとなっていた。
一方の武中の3巡目。
武中(西家) 3巡目
ツモ ドラ
渋川の親を安手で流すよりは、とここからのトイツ落としで色に寄せる。斎藤のテンパイ逃しで処理が間に合った形だ。
続いてと引き入れて、5巡目に一応のカンテンパイ。
更にあっさりとを引くもツモアガリを拒否して打。周囲が俄かに色めき立ってくる。
そして次巡、斎藤がを引いてリーチを宣言。
今度はイーペーコ―がついて打点も見込めるし、渋川がピンズ武中がソーズに染めている河なので、マンズ待ちであれば勝てると見込んだか。
この宣言牌のを武中がチーすると、次巡斎藤に下がって来た牌は。武中当然これをポン。
何とツモのみのアガリ拒否から、役満テンパイまで漕ぎ着けてしまった。
斎藤(南家) 7巡目
ドラ
武中(西家) 8巡目
ポン チー ドラ
更に親の渋川も負けてはいない、最終的にこの形でチンイツの両面テンパイ。
渋川(東家) 12巡目
チー ドラ
東4局に続き、この半荘2度目となる斎藤、渋川、武中の三つ巴戦。
渋川もそうだが、特に東4局の親番で競り負けた武中こそ本当に最後のチャンスと思っていただろう。
この時点でそれぞれの待ち牌は渋川が6枚、斎藤が3枚、武中が1枚ヤマに残っていた。客観的に見れば武中のアガリだけは厳しい。
しかし13巡目、悪戯な運命の女神が斎藤に掴ませたのは最後の緑色の牌だった。
トータルトップ目の斎藤がここに来てまさかの緑一色放銃。
解説席からもモニタールームからも大歓声があがる。
そんな歓喜を遮るかの様に、1人の視聴者のコメントが目の前を通り過ぎる。
「焼け石に水」
確かにその通りでこの役満直撃をもってしても武中と斎藤との差は約250ポイント。まだまだ決勝全体の行方を左右するほどの決定打ではない。
これは対局者のみならずこの決勝を見届けていた者大半の偽らざる心境だった様に思う。
だがこの一撃こそが紛れもなくこの決勝戦のターニングポイントであり、この日起こる奇跡の序章であった。
11回戦結果 武中+83.3 渋川+14.5 板倉▲23.3 斎藤▲74.5
11回戦終了時トータルスコア
斎藤 +280.6
武中 +28.4
渋川 ▲143.7
板倉 ▲166.3
★12回戦★(斎藤→武中→板倉→渋川)
東1局
「11回戦目の緑一色は何度打っても多分あの最終形になる。手順として印象に残ったのはむしろこのアガリ」
武中が後にこう語ったのが12回戦東1局のアガリだった。まず先制リーチを打ったのは親の斎藤。
斎藤(東家) 11巡目
ドラ
打点は安いが場に一枚も切れていないオタ風のシャンポン待ち。尚且つ親であればと、自然に即リーチをかけた。
これに真っ向勝負を挑んだのは武中。
武中(南家) 12巡目
ツモ
このメンホン七対子のイーシャンテンから12巡目に宣言牌跨ぎの、14巡目にも無スジのを切って徹底抗戦の構え。
そしてを切った次巡を引き入れてテンパイすると、更に斎藤に無スジのを叩き切ってリーチを宣言。
ヤマに2枚残りのをすぐに掴んだのは渋川。
武中のリーチはソーズのホンイツ本線には見えるが、は親の斎藤の現物で更には場に4枚見えている。、
2軒リーチに挟まれて共通の現物が無い上に、優勝を諦めないのであれば斎藤だけには打てない状況。
長考の末を切り裏ドラも乗って倍満の放銃。
武中(南家) 16巡目
ロン ドラ 裏ドラ
自分からドラが見えていない状況で中盤過ぎ受けた親リーチ。
平素の武中の押し引きバランスであれば、宣言牌跨ぎので既に受け気味になっていただろう。
仮にを押せしたとしても続く無スジので腰が引けてリーチの現物を切っていたかもしれない。
そうなればメンホン七対子でテンパイはできたとしても最終形は単騎となりおそらくアガリも無かった。
一番凄いのは単騎でのリーチ判断。
ノーチャンスで親リーチの現物牌なので、ヤマにある可能性は高いが、巡目の深さを考えると普通曲げれるものではない。
腹を括る攻めとはこういうことか、あるいは火事場の馬鹿力とでも呼ぶべきか、
ともあれ力技の倍満でこの半荘決定打を早くもモノにした。
一方このアガリでいよいよ厳しくなったのは渋川と板倉。
優勝にはトップは勿論だが、最低でも斎藤より上の着順でこの半荘を終える必要がある。
南場それぞれの親番で執念の連荘を続けるが、まず南3局の板倉の親番は斎藤がこの手をアガリあっさりと2着圏内に浮上。
南3局4本場 斎藤(西家)
ロン ドラ 裏ドラ
続くオーラスは渋川の親番。しぶとく連荘を続け、2本場ではこの渾身のリーチ。
南4局2本場 渋川(東家) 15巡目
ドラ
もはやダマにして12000をアガっている余裕は無い、6000オールを引きにいく。
対する板倉も、次巡に追いつた。
南4局2本場 板倉(北家) 16巡目
ツモ ドラ
トップに浮上するには満貫ツモ条件、形が良いとは言えこのままでは一発ツモ裏ドラが必要となる。
ここで板倉に与えられた選択肢は3つ。
(1)現物のを切ってダマテンにし、テンパイ流局を狙う。テンパイできればトップ目武中との差も縮まって次局の条件も楽になる。
(2)を切ってのテンパイ崩し、残り巡目は少ないが456の三色に組み直せれば無条件でトップとなる。
(3)リーチして一発でツモった時のみ手を開く。親リーチも入っているし裏ドラ頼みなので相当リスキーだが、最悪斎藤よりも上の着順で終われる。
結果として板倉が選択したのは(1)のテンパイ取り。残り巡目を考えればこれが無難かなと思って見ていた。
しかし皮肉にも続くツモがと。三色を逃した上に渋川の当たり牌を掴まされて撤退を余儀なくされる。
結局渋川の一人聴牌で流局し、次局は斎藤があっさりアガる。武中がトップ、斎藤2着で12回戦が終了した。
12回戦結果 武中+55.4 斎藤+7.0 板倉▲15.3 渋川▲47.1
12回戦終了時トータルスコア
斎藤 +287.6
武中 +83.8
板倉 ▲181.6
渋川 ▲190.8
終盤板倉と渋川の猛攻の前にトップを脅かされた武中。皮肉にもそれを救ってくれたのは本来標的である筈の斎藤のかわし手だった。
斎藤が2着では喜びも半分といった所だろうが、ひとまず連勝で優勝への条件を残した形となっている。
一方ここで斎藤より下の着順となった板倉と渋川は、ほぼ優勝は絶望的となってしまった。
そうなるとここから2人はある程度トータル3位、あわよくば2位を狙った戦いへとシフトしていく訳で、
3人連携しての斎藤への過度な包囲網は今後期待できない。
ポイント差は今日の開始時点から約半分になったとは言え、武中には今まで以上の茨の道が待ち受けている。
★13回戦★(板倉→武中→斎藤→渋川)
東1局1本場。この半荘も早々に激しく手がぶつかり合う展開となった。
ご覧の通り武中がピンフドラ1のリーチ、斎藤はホンイツ一通、そして何と渋川はメンチン高目二盃口のテンパイ。
武中(南家) 9巡目
ドラ
斎藤(西家) 14巡目
ドラ
渋川(北家) 12巡目
ドラ
結果は斎藤のテンパイ打牌であるを武中が捕える。裏ドラも乗って満貫のアガリ。
これで勢いがついたか、迎えた親番でも武中が一気呵成にリーチを打った。
終盤見事高目を引き寄せ持ち点は5万点近くとなり、ラス目の斎藤と約4万点の差をつける。
南2局1本場 武中(東家)
リーチツモ ドラ 裏ドラ
このアガリを見た瞬間、自分はこの日初めてこう思った。
(もしかしたらこいつ本当に今日勝ってしまうんじゃないだろうか…?)
この半荘まだ序盤とはいえ早くも出来たトップラスの並び。
瞬間とは言えこれで斎藤とのポイント差がついに100ポイントを切った。半荘1回で現実的に逆転可能な数字だ。
斎藤へ逆風は更に強まる。迎えた親番の7巡目、何気なく切ったに板倉の手が開かれた。
東3局 板倉(西家)
ロン ドラ
斎藤、この半荘2度目の満貫放銃。
東パツの武中のリーチへの放銃は覚悟の上だったろうが、こっちは完全な出会い頭の事故。
この頃からコメントでも俄かに逆転優勝への期待が膨らみ始めてきた。
武中としてはこの並びを保ったままスムーズにこの半荘を進めたいところだが、これに立ちはだかったのは東4局親番の渋川。
平場では6000オール、更に1本場では板倉からの12000は12300をアガり、武中をかわしてトップ目に浮上。
武中としてはこれ以上渋川に連荘されるとトップが厳しくなるので、早くこの親は流しておきたい。
しかし連荘の続く渋川の親番2本場、ここで斎藤の知略が発揮された。
東4局2本場
渋川 53400
板倉 8800
武中 41500
斎藤 ▲3700
牌譜を見ればお分かりの通り、この局アガったのは斎藤ではない、渋川だ。
だが特筆すべきは渋川の上家にいた斎藤の対応。
まず親の渋川が2巡目にを仕掛ける。3巡目までの河はこうなっていた。
普通に考えればピンズの一色手が本線、その時渋川の上家にいた斎藤はこの手牌。
斎藤(北家) 3巡目
ツモ ドラ
ここから何との順でピンズと字牌を中抜きでおろしていく。
言わずもがなこの狙いは、現状トップ目の渋川を更に押し上げてしまうことで、トータルが自分に一番近い武中にトップを取らせないことだ。
渋川がと仕掛けたのを見て悠々とオリ始める斎藤。途中板倉からリーチが入るも、結局渋川が満貫をツモアガリ。
渋川(東家) 16巡目
ツモ ポン チー ポン ドラ
「最終日は他者にアシストしてでも、武中選手に影は踏ませません」
前夜の有言実行となったアシストアンドアウェイとでも呼ぶべきこの作戦。
点棒状況とトータルポイントへのアプローチ、渋川の動向とその手牌読み、そして勇気、全ての能力を高い水準で兼ね備える打ち手にこそできる英断だ。
これで渋川が大きく突き抜けトップ当確。このまま更に素点を叩けば渋川も優勝戦線に再浮上してくる可能性も出てきたが、まだまだ現実味を帯びてはこない。斎藤にとっては一番ポイントの近い武中のトップの芽を潰せただけで、してやったりだろう。
更に南3局斎藤の親番。これまで蓄えていた力を爆発させるかのように連続で親満をアガリ、あっさりとラス抜けも果たす。
南3局 斎藤(東家)
ロン ドラ 裏ドラ
南3局1本場 斎藤(東家)
リーチ一発ツモ ドラ 裏ドラ
この展開は12000を放銃した渋川は勿論、武中にとっても相当堪えるものだったに違いない。
この半荘最低限のノルマだった斎藤のラスの可能性がほぼ潰えてしまったからだ。
ラス親が残されている渋川はともかく、武中のこの後の立ち回りは相当悩ましい。
残り2局で渋川を捲くるのは点差的にあまりに厳しいし、このまま素直に自分がアガっても斎藤が3着では詰められるポイントは僅かなものだ。
(あー、やっぱり駄目か。ここからは斎藤の思惑通りに進みそうだな…)
逆転劇への期待感も徐々に収まり始めた矢先、斎藤に傾いた風向きを再び変えた者がいた。
武中でもましてや渋川でもない、板倉だ。
南3局2本場 板倉(西家)
リーチ一発ツモ ドラ 裏ドラ
メンタンピン一発ツモ裏1のアガリ、斎藤まさかの跳満親被りでラスに再転落。
今回の決定戦、終始斎藤との競り合いに敗れてきたこの男が、ここにきて大きな一仕事を果たした。
オーラスは武中があっさりとピンフのみの手をアガリ、13回戦終了。斎藤にこの日2度目のラスを押しつける。
13回戦結果 渋川+79.0 武中+8.8 板倉▲33.1 斎藤▲54.7
13回戦終了時トータルスコア
斎藤 +232.9
武中 +92.6
渋川 ▲111.8
板倉 ▲214.7
斎藤の頭脳プレーによってトップは逃した武中だが、更に差を詰め残り2回で約140ポイント差。
次トップラスを決めれば最終戦はもうどちらが勝つか分からないし、武中は残り2回ともトップであれば、並びをそれ程気にしなくて良い位置まで詰め寄って来た。
★14回戦★(渋川→斎藤→板倉→武中)
今日開始前のリードが半分以下に目減りしたとは言え、まだまだ斎藤有利な状況には変わりがない。
この半荘武中より上の順位にいるだけでほぼコールドだし、トップさえ取らせなければ最終戦も大分有利なままだ。
しかしその優位性は早くも東3局に崩れた。まずは斎藤の先制リーチ。
東3局2本場(供託2.0) 斎藤(北家)
ドラ
ダマテンでも5200あるが、巡目の早さとでの引っ掛け、そしてソーズの場況の良さがリーチを打たせた。現に曲げた時点でヤマに3枚残り。
このリーチに同巡追いかけたのはやはりというか武中。数巡後斎藤がアガリ逃しとなるを河に置くと、その手牌が開かれた。
東3局2本場(供託2.0) 武中(南家)
ロン ドラ 裏ドラ
斎藤にとって唯一トップを取られたくない武中が満貫のアガリ。そしてラスだけは引きたくない自分が放銃。
武中が先にリーチを打っていれば斎藤もリーチは打たずに柔軟に構えたかもしれない。
まさに1巡のアヤだが、これで遂に斎藤が勝負の土俵の中央にまで引きずり戻された。
次局、失地回復を図る斎藤の先制リーチ。
東4局 斎藤(西家)
ドラ
2日までこう言った局面では必ずアガリ、効果的に順位点を確保していた斎藤だが今日は全くと言って良いほど成就しない。
結果はやはりというか流局。
南1局1本場(供託1.0)
渋川 22000
斎藤 15400
板倉 28000
武中 33600
南1局、今度は武中がリーチ。
武中(北家) 7巡目
ドラ
これをツモアガリでもすればこの半荘トップがかなり濃厚になるだろう。
いよいよ後が無くなった斎藤、だがここで雀竜位の底知れぬ胆力に見る者全員が度肝を抜かれる。
まずこの武中のリーチに対して、斎藤は14巡目にピンフのみで追いついた。
斎藤(南家) 13巡目
ドラ
現状ラス目だし優秀な手変わりも少ないので曲げてもいいのだが、かなり薄そうなピンフのみの手。
ツモるか武中からの直撃でもして裏ドラが乗れば大きいが、逆に武中に満貫でも放銃すればこの半荘のトップラスがほぼ決定してしまう。
リーチしたとしても、渋川か板倉から出ても武中にとってほぼ無傷の横移動だし、
仮に武中が掴んでも2000点ではそれほどのダメージにもならない。
曲げても曲げなくても苦しい状況に変わりはないのだが、斎藤の選択はダマテン。
そして結果としては14巡目に武中が-より早くを掴んで河に置く。
武中が掴むなら曲げておいた方が良かったか…
そう手元のメモ帳にペンを走らせて次局以降のことを考えているが、何と武中の下家にいる渋川がそのままヤマに手を伸ばしているではないか。
(見逃し?)
一瞬何が起きたのか分からなかった。
確かに渋川の親をここで安く流しても、局数が消化されるだけで武中へのダメージは少ない。
だがここで見逃したことで武中のアガリを誘発すれば更に状況は悪化するし、残り2巡とは言え見逃すリスクの方がここは大きいと思う。
そんなことは分かっている。分かっている上で斎藤は賭けに出た。
しかし親の渋川はドラを掴んで、聴牌を崩し始めている。
これでは武中がアガれなくても局は消化されるし、斎藤の賭けも徒労だったなと思ったのだが…
実はこの策には二の矢が残されていた。
斎藤の最後のツモ番、持ってきた牌をそのまま横に曲げリーチを宣言。
斎藤(南家) 18巡目
リーチ一発ホウテイロン ドラ 裏ドラ
そう、渋川の仕掛けにより海底のツモは武中となっていたのだ。
吸い込まれる様に武中が河に置いた牌は、何とラス牌の。
メンピン一発ホウテイで満貫の直撃。
もうこの決勝何度目か分からない大歓声がモニタールームに響き渡った。
(今度こそ終わったな…)
今日既に3回位はそう思いつつも、武中、渋川、板倉それぞれの粘りによってここまで勝負の行方は縺れてきた。
だが正直これはもう決定的だ。今までのプレーとは重さが違う。
凡人が1000点か2000点であろう手を雀竜位は満貫にして、しかも対抗相手から直撃してしまう。
打点や出所云々もそうだが、何より精神的にあまりに重い。そう思わせるほどに衝撃的な一撃だった。
だがそんなスーパープレーを見せた斎藤の技術を、この日の武中の執念は更に凌駕する。
迎えたオーラス。
南4局3本場 武中(東家)
ツモ ポン ポン ドラ
南4局4本場 武中(東家)
リーチツモ ドラ 裏ドラ
南4局5本場 武中(東家)
リーチツモ ドラ 裏ドラ
鬼神の如き連荘で斎藤とのトップラスを決めるだけでなく、何と最終戦を待たずにトータルで追い抜いてしまった。
決勝が終わった後、斎藤がこう語っていた。
「14回戦オーラスの連荘を目の当たりにして、初めて負けるかもと感じました。
最終戦トップラス条件位のポイント差までは詰め寄られても、何とか凌げる自信はありました。
でもここで並ばれるとは思ってもいなかった」
武中がこの日決死の思いで振り回し続けた拳が、遂にこの瞬間斎藤の鋼の心臓にヒビを入れいていた。
14回戦結果 武中+87.5 渋川▲4.5 板倉▲24.8 斎藤▲58.2
14回戦終了
武中 +180.1
斎藤 +174.7
渋川 ▲116.3
板倉 ▲239.5
僅か半荘4回で武中が410ポイント差を捲くりトータルトップ目に浮上。
第13期雀竜位を決める戦いは、最終戦を残して2人の完全着順勝負となった。
★最終戦★(斎藤→板倉→渋川→武中)
今日の開始時点で、ここまでの接戦になることを正直誰が予想していただろうか?
まさしく雀竜位史上に残る名勝負となった訳だが、終わって笑える者は1人しかいない。
武中が奇跡の大逆転を果たせば、斎藤はとんでもない悲劇に見舞われることになる。
斎藤が逃げ切れば、ここまで追い詰めた武中の1日はほとんど徒労に終わることになる。
どちらかが歴史的なヒーローになる一方、敗れた方の存在は歴史の闇に埋もれることになる。
それを推し測ってか、最終戦が始まる前に解説の木原がこんなことを言っていた。
「俺今日は決勝終わったらすぐ帰るわ。これ負けた方に何て声かけていいか分からないもん」
モニタールームも解説室も朝とは比較にならない重々しい雰囲気の中、最終戦が幕を開けた。
東1局、早くも武中と斎藤の2軒リーチがぶつかる。
東1局 斎藤(東家)
ドラ
東1局 武中(北家)
ロン ドラ 裏ドラ
この結果は2軒リーチに手詰まった板倉が1枚切れのを切り武中に3200の放銃。まずは武中が一歩リード。
続く板倉の親番は渋川のホンイツにピンフ3面張で聴牌した武中が満貫の放銃。
かなり押し引きの難しい局面ではあったが、ともあれ東パツのリードはこれで消えてしまった。
そして迎えた渋川の親番。武中にこの決勝3度目にして3種類目の役満テンパイが入った。
まず配牌がこの形。
東3局 武中(南家) 1巡目
ドラ
良いとは言えない配牌だったが、これが8巡目に何とこの形でテンパイ。
東3局 武中(南家) 8巡目
ツモ ドラ
は河に1枚切れ。こんなの絶対に曲げないと思う方もいるかもしれないが、実の所こういった判断は難しい。
自力でかを引けばシャンポンで高目役満テンパイに受けれるし、が出れば当然ポンして単騎待ちにもできる。
他家から目立った動きは無いし、今なら誰が持ってきてもは河に置かれるだろう。
だが逆を返すとヤマには残り1枚しかいない訳で、このままの手で斎藤や板倉からの満貫をアガっても決定打とは成り得ない。
一方リーチして跳満ツモとなれば、かなり大きなリードなる。
武中は一旦はダマテンに構えたが、すぐに親の渋川からリーチが入った。
リーチに対してダマテンで構えている間にも2枚切られ、これにより武中がシャンポン待ちにできる候補は実質のみとなる。
本人曰く、このが2枚見えたことで、次巡ツモ切りでもリーチをかけるつもりだったとのこと。
そう思った矢先、武中の手の打点は4倍に膨れ上がった。
緑一色アガリの次は、何と門前大三元テンパイ。ここまで来ると天に魅入られているとしか思えない。
これも決めてしまうのかと期待が膨らむも、結局板倉から2軒目のリーチが入り一発でを放銃。
連続の満貫放銃で一気に状況が苦しくなってしまった。
迎えた東場4局武中の親番、好形で早い巡目にイーシャンテンとなるも、板倉から5巡目に-待ちのリーチ入る。
そしてまたしても武中は一発で板倉の当たり牌を持ってきてしまった。
東4局 武中(東家) 6巡目
ドラ
早めにテンパイしてしまえば板倉の当たり牌が出て行く可能性が非常に高い。
そしてここで3連続放銃をしてしまうと、流石に優勝が厳しいものになるだろう。
(あー、駄目なのかな)
そう思って見ていると、近くにいた解説の木原が一言。
「武中にしてみれば今日この最終戦までの道のりに比べれば、これ位の逆境どうってことないですよ」
確かに、今より更に絶望的な状況を幾多も潜り抜けてきたからこそ、“奴”はこうして最終戦を戦えている。
ここで放銃したとしても、それで諦める位ならもっと早くにこの決勝の勝敗はついていただろう。
そう思いながら眺めていると13巡、武中からリーチの発声。板倉からロンの声は無い。
そして板倉の切ったに武中が手牌を倒した。
東4局 武中(東家) 15巡目
ロン ドラ 裏ドラ
道中もう一枚を引き寄せ、ソーズを切って迂回してからのテンパイで5800のアガリ。これでほぼ斎藤に並んだ。
1本場は板倉との2人テンパイで流局し、迎えた2本場。ついに勝負が大きく動く。
東4局2本場(供託1.0)
武中 20500
斎藤 22500
板倉 25500
渋川 30500
武中(東家) 3巡目
ツモ ドラ
ドラ2枚の配牌を得た武中、ここからを切り、仕掛けを見据えてゆったりとした構えを取る。
そして9巡目に上家から出たを頃合いとばかりに鳴いて、イーシャンテン。
武中(東家) 10巡目
チー ドラ
しかし直後の11巡目、板倉からリーチが入る。それはこの決定戦、実に4種類目の役満テンパイだった。
板倉(西家) 11巡目
ドラ
イ―シャンテンの武中、一発目に持ってきた無スジので一瞬手が止まる。
板倉の河はかなり中張牌が切れておりピンズの両面で当たるとすれば-しか残されていない。
自身の手も入り目によってはドラが出る形となるし、ドラまで押しての2900では押し引きとして見合うかが難しい状況だ。
何より折角斎藤とほぼ点棒が並びに戻っているし、ラス親があるとは言え残り5局で満貫クラスの放銃をすることはできれば避けたい。
板倉もここで安手のリーチは打ってはこないだろう。
放銃を回避するために無難な選択を採るべき要素はいくらでもあるのだが…
(押せコラァ!!)
もう喉元まで出かかっている心の声を抑えている間に、そのは河に切り出された。
次々巡に板倉が掴んだドラをポンして-待ちのテンパイ。
更には斎藤も16巡目にチャンタ仕掛けで追いついた。
打点は安いがここで武中のドラポン仕掛けを蹴れれば非常に価値が大きい。
斎藤(南家) 16巡目
チー ポン ドラ
超打撃戦となった今回の決勝に相応しい最後の三つ巴の争い、ここを制したのもやはり…
武中(東家) 17巡目
ロン ポン チー ドラ
優勝を引き寄せる大きな大きな12000は12600のアガリ。ここで斎藤に1万点以上のリードをつける。
次局の武中のリーチが一人テンパイで流局すると、4本場で真の決定打が生まれた。
東4局4本場(供託1.0) 武中(東家) 9巡目
ロン ドラ
これに放銃したのは斎藤。奇しくもそのアガリ牌はこの日の奇跡の幕開けとなっただった。
これで逃げ切るには十分なリードを蓄えた武中が、南1局斎藤の親番もあっさりと捌く。
迎えたオーラスの親番、斎藤の優勝条件はこの1局での役満ツモか三倍満以上の直撃。
流石にこれ以上の奇跡は起こることもなく、武中が静かに手牌を伏せて、新たな雀竜位として勝ち名乗りを受けた。
最終戦結果 武中+64.9 板倉+9.0 渋川▲19.0 斎藤▲54.9
第13期雀竜位決定戦最終結果
武中 +245.0
斎藤 +119.8
渋川 ▲135.3
板倉 ▲230.5
4位…板倉 浩一
板倉とも知り合って10年近くが経とうとしているし、ここではお世辞ではなくありのままに思った事を記そうと思う。
個人的な感想を言えば、今回の板倉は貧乏くじを引いたと思っている。
生放送を見ている方はご存じだと思うが、今回の雀竜決勝2日目、ニコ生の放送は荒れに荒れた。
麻雀の展開が荒れるならば面白いのだが、一方的に斎藤の独走を許す展開への不満から視聴者のコメントが荒れていたのだ。
そしてそのA級戦犯とされたのは、他ならぬ板倉だった。
一方この決勝2日目について、武中は後日こう語っている。
「個人的には板倉には少し悪い事をしたと思っている。
2日目は自分も8回戦目で一旦心が折れかけていたし、もっと斎藤を苦しめるべき局面があった。
なのに自分の悪い所は偶々目立たずに、板倉の選択が裏目に出て目立つ場面が多かった」
この意見には自分も同感であって、板倉は至極全うな選択を採っているにも関わらず、言われなき批判を受けている様に見える局面も実際にあった。
麻雀のスタイルは人それぞれであって、板倉の超攻撃麻雀が決勝前は功を奏し、決勝では空を切った。
一言で言ってしまえばそれだけのことである。
ましてやほぼ目無しになった最終日をどう戦うなんていうのは個人の裁量であって、そこで見せる意地や葛藤なんてものを批判する権利を外野は持ち得ない。
だが板倉本人がブログで書いていた通り、“決勝への大局観”という点については他3名に比べて正直に劣っていたと思う。
協会ルールは平素フラットな状況で戦う際、一番自分の我を通して良いルールであって、だからこそ板倉の攻撃力も活きやすい。
一方これが決勝戦となると、面白いことにあらゆるルールの中で最も他家と連携力を問われるルールとなってくる。
絶対にトップを阻止すべき標的が要所で生まれてくるからだ。
今回であればその標的とは正しく2日目まで首位を独走をしていた斎藤であり、この斎藤に対する距離の取り方、そして斎藤以外の他2名との連携について板倉の経験は不足していた様に見えた。
この点でキャリアを積んだ時、板倉は確実にもう一歩上のステップに行くことになるだろう。
3位…渋川 難波
今回の決勝でもっとも苦しい戦いを強いられたのは渋川だったと思う。
初日の2連続ラススタートの時点から終始難しいゲームプランをたてざるを得なかったし、
結局最後まで牌の巡りにも惑わされ続けていた感があった。
もっと渋川が上位につけて、彼の持ち味を発揮できる展開を期待していた視聴者も多かったのではないだろうか。
それでも最終日、優勝という遠い理想と、着取りという現実のバランスを取りながら正着打を淡々と打ち続ける姿から、幾度もその底力が垣間見えた。
これだけの逆転劇は武中1人の力で成し遂げられるものではない。
観戦記でこと細かに触れる事はしていないが、渋川の斎藤に対する厳しい立ち回りも間違いなくその一助になっている。
来年はB1リーグ所属となり、協会を代表する打ち手の一人として既に認知されつつある渋川。
次はその持ち味を如何なく発揮できる展開で決勝を戦う魔神を見てみたい。
2位…斎藤 俊
歴史的逆転劇の傍らでまさかの悪夢を見た前雀竜位。
しかし今回の勝負、終始中核にいたのは間違いなくこの男だった。
2日目までは王道の麻雀で他を圧倒し続けた。
3日目は展開に恵まれないながらも、豊富な引き出しを使って武中の追撃を何度も振り切りかけた。
奇跡という結果に泣かされても、対局後も皆の前で気丈に振る舞うその姿もまた強い印象を残した。
キャリア2年足らずでこれ程のクオリティを既に持っているとは、何とも恐ろしい逸材としか言い様が無い。
―――斎藤俊を弱いと言う奴は斎藤俊を見たことがないか弱い奴だけ。
ある協会員が呟いたこの言葉が、この決勝における斎藤俊の強さを的確に表した言葉だと思う。
私事だが、彼とは同期で協会に入り(とは言っても自分は他団体からの移籍組だが)来期同じリーグで相見えることになる。
楽しみ半分、こんな男と戦わなければいけないのかいう恐々とした思いもある。
優勝…武中 進
武中進は第2期後期入会で協会在籍12年目。
初めてタイトル戦決勝へ歩を進めるまで実に14回に及ぶ準決勝敗退を味わい、「準決勝男」と揶揄された。
リーグ戦ではB2リーグ在籍の最長記録を保持しており、「万年B2リーガー」とも呼ばれてきた。
そんな勝ちきれない代名詞の様な男が2度目のタイトル戦決勝で、競技麻雀史に残る勝ち方で見事初戴冠となった。
この日武中が逆転したポイント差は410.0ポイント。
更に斎藤につけた分のリードを含めれば1日で535.2ポイントを差をつけたことになる。
当然これは協会タイトル戦のレコードで、今後しばらく破られることは無いだろう。
逆転の要因は何だった思いますか?
決勝の後日、1人の後輩にこんなことを聞かれた。
そう聞かれても論理的に答えることなんてできる筈が無い。
腹を括った攻めとか、執拗な包囲網とか、そんな理屈だけで証明ができる様な生半可な出来事ではない。
武中が馬鹿づいてました、斎藤があまりにも悲惨でした、簡潔に言えばこれだけ。
単に奇跡が起こったというだけで、奇跡に理由なんて必要ない。
でも…
この世に神様なんてものがいて、見えない力なんてものがあるとすれば、この決勝を見てた自分達兄弟をよく知る人はやっぱりああ感じたんじゃないかと思う。
3年前のこの時期、自分が初タイトルを獲った時もやっぱりそう思っていた。
この日の最終戦が始まる直前、モニタールームでたまたま“奴”とすれ違った時軽く言葉を交わした。
「緊張してきた」
一言こう言ってきたので素っ気無くこう返した。
『負ける奴は勝手に憶病になって負けるんだ』
少し困った様な感じで流された。
ついでに、もう一言加えておいた。
『あいつらが見てるんだ。だから俺もお前もこの時期にタイトル取るんだろうよ』
返事も特に聞こえなかったが、これで十分だろう。
そそくさと対局室に行く姿を見て、何となくこう思った。
(多分勝つんだろうな…)
観戦記の筆を置こうとして、最後にふと協会HPページの協会員名簿を開いてみる。
た行を開くと、いつもの様に同じ顔が並んでいた。変わった事は双方の写真右側にG1タイトル名が刻まれてることだ。
いい眺めだなと、ちょっとニヤニヤしてしまう。
思い返せば9年前、自分も“奴”に数年遅れで麻雀プロになってから、幾度となくこんな質問をされきた。
「どっちの方が強いんですか?」
3年前まではこう答えてきた。
『ドングリの背比べですよ』
3年前からはこう答える様になった。
『G1タイトル勝った事あるんで多分僕です(笑)』
これからはまたドングリの背比べって答える日々に戻るのか。
いや、ドングリと呼ぶにはお互い背丈が伸びたかな。
いやいや、やっぱり暫くはこう答えなきゃか。
『当然、現雀竜位さまですよ』と。
いつの日か歴史は塗り替えられる。
9年前に眞崎雪菜が起こしたあの奇跡が過去の記録として語られる日がやって来た様に、この決勝よりも凄まじい逆転劇がいつの日かきっと起こるに違いない。
だがそれまでは、
もしもこの日と同じ様な絶望的状況から始まる決勝戦があるとすれば、苦境に立たされた選手達はこの日の激闘を思い出し、自らを鼓舞するのだろう。
武中進を思い出せ、と。
文:武中 真(文中敬称略)
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