最終ポイント成績
|
TOTAL
|
1回戦
|
2回戦
|
3回戦
|
4回戦
|
5回戦
|
菊地 俊介 |
50.0 |
-7.5 |
28.6 |
42.2 |
5.4 |
-18.7 |
仲林 圭 |
-6.6 |
-25.0 |
-33.5 |
8.0 |
-4.7 |
48.6 |
鈴木 たろう |
-17.7 |
24.8 |
11.5 |
-38.1 |
-18.5 |
2.6 |
金 太賢 |
-25.7 |
7.7 |
-6.6 |
-12.1 |
17.8 |
-32.5 |
≪決勝観戦記≫
【選手紹介】
菊地
俊介
第11期入会・第11期新人王戦3位
今回の決勝進出者で唯一、入会から日の浅い菊地。
しかし、天鳳というもはや説明不要のネット麻雀において初期から高い実力を発揮し、
天鳳位というものが生まれる以前に十段となった男。
その事実を知る者は皆、彼の雀力を高く評価している。
もちろん、私もその一人だ。
ネット麻雀と聞くと未だにスピード重視の軽い麻雀という偏見を持つ人も少なくないだろうが、
その考えはこの観戦記を以て覆されることとなるだろう。
金
太賢
第4期入会・第10期野口賞受賞 など
MONDOへの出演、ニコ生での活躍などプロとしての幅を広げつつある金。
だが言うまでもなく、彼が最も重要視しているのはプレイヤーとしての自分だろう。
私の記憶では今回が7回目の決勝戦進出のはずだが、
厳密にタイトル戦だけに絞れば、それでも未だ優勝経験はない。
やはり特筆すべきは門前での打点力と、力強いリーチだろうか。
もちろん、副露についても捌きや打点など明確な道筋が見える、精度の高いものを持っている。
今回こそは、初戴冠なるか。
鈴木 たろう(以下文中たろう)
第5期入会・第15回最強位、第8回野口賞受賞、第9期・第11期雀王 など多数
言わずと知れた雀神・ゼウス。
傍若無人に見える麻雀と、その実繊細な思考は説明するまでもない。
元々一発裏無し畑の人間であるたろう。
門前、仕掛けそのどちらにおいても威圧感のある打ち筋は、
特にこの一発裏ドラ無しのルールにおいてその力を発揮する。
対戦相手はその真贋を見極める為に余計な力を割くこととなり、
それこそが、単純ならざるたろうの強さを構成する要素のひとつなのだ。
敵もさるものながら、やはりこの男が大本命か。
仲林
圭
第7期入会・第10期雀竜位、第7回オータムチャレンジカップ優勝 など
協会の若きサムライ。
メディアへの露出こそ多くはないものの、
着実に結果を残し続ける彼を知らない者は、少なくとも協会内にはいない。
完璧とも言える門前での牌理、押し引きの精度、
雀風に似合わぬ大胆なブラフを含んだその仕掛けと、
無数の武器を局面に応じて器用に使いこなす協会内では文句なく最強のオールラウンダー。
連覇をかけて、最強の挑戦者たちと相対する。
★1回戦★(菊地→金→たろう→仲林)
一発役、裏ドラ、共に無し。
日常的に麻雀を楽しんでいたとしても滅多にお目にかかることの無いこのルールは、
打ったことがあるというだけでかなりの麻雀通と言えるだろう。
もちろん競技麻雀プロであるならば誰もが通る道ではあるのだが、
その道を最初から道標を持って歩く者は少ない。
麻雀に精通して麻雀を始める人間が少ないことと同じように。
つまり、「競技麻雀歴」というものがそのままこのルールへの修練度なのだ。
私は経験の浅い菊地がひとり不利になるであろう、と考えていた。
しかし、その予想は早くも裏切られることとなった。
菊地(東家) 5巡目
ツモ ドラ
市井の麻雀であれば、を打てばまず間違いないだろう。
に特殊牌があるならば尚更だ。
場合によってはを切ることだってあるかも知れない。
だがしかし、一発裏ドラ無しとなると話が違う。
偶然役が限られるこのルールでは、大きく異なる点がいくつかあるのだ。
ここから菊地はを切る。
ドラはもちろん、一通と678、789の三色をにらんだ一打。
当たり前と言えば当たり前だが、表ドラの重要性と手役への意識、ルールを理解していなければ打てる牌ではない。
そして場に3枚目のが上家の仲林から打たれるや否や、躊躇いなくチー。
菊地(東家) 7巡目
チー ドラ
これは普段の麻雀から言えることだが、二翻役にはこういった使い方もある。
手役を睨んでおけば、局の進行と相談して仕掛けて捌くことも出来るのだ。
更には、場をゆっくりと見渡してから危険度の高いを先切りする。
後に「卓に座ってみればそれほど緊張しませんでした」と語ったように、
とても慣れないルール、新人とは思えない落ち着きぶり。
この手牌を仕上げて1000オールとした時、
私は菊地をまだ過小評価していた事を思い知らされた。
1本場では仲林を見てみよう。
仲林(北家) 8巡目
ツモ ドラ
さっき見たような手役だが、こちらは門前での仕上がり。
仮テンに受けていた手に三面張となるを引くも、仲林はこれをツモ切った。
現状二翻役の確定している手牌をわざわざ安くしてやる必要はないということだ。
この後仲林はを引いて今度はリーチと行ったが、この局はたろうが凌いでアガリ切った。
また、東4局の仲林も特徴的だ。
仲林(東家) 1巡目
ドラ
ここからをポンしていく。
競技麻雀ではありがちな仕掛けと言えるが、それでもこの形から即座に鳴ける人間はそれほど多くないだろう。
例えば、ドラがでなくであれば仲林は仕掛けないはずだ。
相手に見えないドラのプレッシャーを与えながら、自分は打点のあるホンイツへ進む。
上手くいけばもちろん、少しでも相手の手を止められれば良しという構えだ。
更に、他家の動向を見てある程度ドラの所在を把握することもできる。
仲林にとって幸いなことにこの局はドラが深かったため、
最終的にはこんなテンパイとなった。
仲林(東家) 15巡目
ポン チー ポン ドラ
だが、今度は菊地が苦しいながらも1000点でこれを捌く。
ジリジリとした攻防が続き、誰も大きく抜け出せない。
細かい動きから菊地が連荘して少し前に出た南1局2本場、遂に彼が来た。
金(南家) 配牌
ドラ
この手牌に第一ツモが。
八種九牌、チャンタか国士か…ロクな配牌ではない。
だが、金は競技麻雀慣れしている者ほどツモ切りたくなるこのを手に留め、打とする。
なるほど、2本場な上に供託リーチ棒が2本ある。
これは一発裏無しルールにおいて決して小さくない、むしろ大きな点棒だ。
を叩いて形がまとまればアガって供託をさらってしまおうというところか。
その後をツモ切ると、仲林から出たをポン。打。
更にを引き、菊地から出たをチー。
金(南家) 7巡目
チー ポン ドラ
それでもまだこれだが、次巡を引き、ようやくターツが足りた。
しかし、なんとここで金は打!
なるほど、他家は比較的偏りのない河をしていて、もも1枚切れでまだありそうだ。
-はドラ筋でいかにも重そうなら、いっそホンイツにしてしまえということか。
すると目論見通りすぐにをツモり、
最終的にはたろうのリーチをかいくぐってこのアガリをものにした。
金(南家) 16巡目
ツモ チー ポン ドラ
1局の間にツモれる牌は精々18枚。
高い手を目指して手を壊すのは簡単だが、間に合わなければなんの意味もない。
点棒状況、相手の手牌構成、速度、山へのアプローチ。
その全てを加味した、金の完璧なアガリだった。これで一躍トップ目に立つ。
金は更に南2局の親番で軽くツモアガリ、独走を図る。
追いつくためにはこれをなんとか止めたい菊地。
だが、1本場に七対子のイーシャンテンから何気なく河に放ったが捕まってしまう。
たろう(南家) 10巡目
ロン ドラ
たろうだ。
これは菊地を責められる放銃ではないが、手痛い一撃。
このアガリで気をよくしたたろうはオーラス、金とのマッチレースもあっさりと制する。
激戦をいとも簡単に抜け出したたろう、まずは一歩リード。
1回戦終了時スコア
たろう +24.8
金 +7.7
菊地 ▲7.5
仲林 ▲25.0
★2回戦★ (たろう→金→菊地→仲林)
東3局、ラススタートの仲林が仕掛ける。
平凡な配牌だったが、5巡目にテンパイ。
仲林(南家) 5巡目
ツモ ドラ
少し目を伏せ、を打ち出す仲林。
単純な仮テンを取ったように見えるかもしれないが、実は少し違う。
程なくして、を引いた。両面テンパイに取り直せる。ここでリーチか?
無論、そんなはずはない。仲林はを打ち出した。
これもまた、このルールでなければ滅多にお目にかかれないだろう手順だ。
ピンズのメンツ落としから、チンイツへの移行。
すぐにを引きいよいよ完成形が見えてきたが、この手はここまで。
既に仕掛けを入れていた菊地に捌かれてしまう。
それにしても、要所要所で菊地の細かい捌き、テンパイ取りが光る。
ここまで取り上げていない局でも、菊地はほとんどテンパイを入れるか捌くアガリを使っていた。
「プレッシャーをかけて、ようやくオリに回らせたと思ったらいつの間にかまたテンパイしている」
と対局後に仲林が語っていたように、とにかく粘り強い。
ノーテン罰符の比率が高いこのルールにおいてはとても重要な技術だ。
前半荘から派手なアガリこそ見受けられないものの、気がつくとトップ目に立っている。
そういえば、昔読んだ麻雀漫画にこんな台詞があった。
アガれる局は1/4、奴はそれ以外の3/4を操る。
3/4を凌いだなら、次に1/4をアガるのは―――
東3局2本場
菊地(東家) 10巡目
リーチツモ
ドラ
当然の権利だ、と。
ここから菊地は5本場まで積み、点棒は一気に54700点。
菊地のトップは間違いないかと思われた。
だが、そういう局面で最も危険な男が、この卓にはいた。
たろう(西家) 6巡目
ドラ
やっと親を流せそうな手、とりあえずここはアガって5本場をもらっておきたいところ。
金から出たも当然仕掛けるものだと思って油断していた。
手中のメモ帳に目を落とし、「たろう 中」まで書いたところで、気づいた。
声が聞こえない。
顔を上げると、微動だにしていないたろう。
それどころか、直後に菊地から2枚目のまで打たれていることに、
思わず目を見開いてしまった。
確かに万全の形とは言えないが、これを鳴かない人間がどれほどいるだろう?
実際、次巡に似たような牌姿から仲林はすぐにを仕掛けた。
だが、違う。
そもそも、彼は人間ではないのだ。
少なくとも、この卓上では。
たろう(西家) 12巡目
リーチツモ
ドラ
僅か6巡。まるで夢でも見ているかのような三色が完成しているが、
同卓者には悪夢のように映っただろう。
ゼウスの選択、その真髄が垣間見えた一局だった。
更に次局、初手から神の鉄槌が振り下ろされる。
東4局
たろう(南家) 1巡目
ツモ ドラ
申し分ない配牌に、三暗刻が見えるツモ。
「河を作りにいったんだけどね」
何を切るかなど聞くまでもない手だが、そう言っていたたろうはスッとを切った。
いやいやいやいや、と笑いを堪えた口の端がひきつる。
どうせやはポンするのに、三暗刻になどなるはずがない。
ならば先に一枚トイツを外して、少しでも警戒を薄れさせる。
理屈では理解出来るが、そこまでしなくても、と言いたくなる。
だが、それが神と人間の越えられない壁なのかも知れない。
その後、菊地のリーチも意に介さず、あっさりと2000・3900を引きアガる。
たろう(南家) 11巡目
ツモ ポン ポン ドラ
たった2局で、菊地とたろうの点差は一気に10000点を切った。
誰もが、このままたろうの一気捲りを想像したに違いない。
その予想は次局、確信へすら変わっただろう。
南1局
たろう(東家) 8巡目
ドラ
これでドラがである。
誰かがドラを軽々に打てばゲームセットだ…
と思うや否や、菊地がそのを河に放つ。
「ポン」
あぁ、という雰囲気がたろうのギャラリーに流れる。もちろん、私にも。
何人にも抗えない神罰を前に項垂れる敬虔な信者のように。
「ロン」
ん?
菊地(西家)
ロン ドラ
そうか、そうだ。
トップ目の菊地がドラを打ったんだ、テンパっていないはずもない。
圧倒的たろうの「流れ」に見えた状況を、ごく当たり前の、それでいて繊細な手筋で菊地が打ち壊す。
これで、この半荘の大勢は決した。
金も渾身のハネツモで食い下がったが、反撃もそこまで。
何もすることが出来ず2ラスを食った仲林、心なしか耳が赤い。
2回戦終了時スコア(カッコ内はトータル)
菊地 +28.6 (+21.1)
たろう +11.5 (+36.3)
金 ▲6.6 (+1.1)
仲林 ▲33.5 (▲58.5)
★3回戦★ (菊地→たろう→仲林→金)
このあたりから、出遅れた側は条件を意識し始めなければならない。
仲林はもう剣ヶ峰だ。ここで素点を稼がなければ、残り2回は相当厳しい闘いになる。
その仲林が東1局はリー棒つきの500・1000、東2局は1300と軽くアガリを決める。
気をよくして迎えた親番はドラのがトイツと上々の配牌。
しかし、手なりで打った字牌がすべて西家の菊地にポンされ、10巡目には…
菊地(西家)
ツモ ポン ポン ポン ドラ
この3000・6000。
築いたリードは一瞬でビハインドへ変わる。
逆に菊地はこの一撃でトータルもたろうを逆転、優位な立場となる。
それでも仲林は東4局、この日2回目となるメンツ落とし。
仲林(北家)
ツモ ポン ドラ
このをツモ切り、11巡目にはテンパイを入れる。
仲林(北家)
ポン ポン ドラ
もはや執念すら感じる手筋だ。
更に金の親リーチが入り、ドラドラのたろうがそれに押し返す。
意地と意地のぶつかり合い、制したのは―――
菊地(南家) 14巡目
ロン ドラ
またしても菊地。
いくら本手をぶつけても、何度でも何度でも捌き、回り、テンパイを入れる。
これで菊地は持ち点を42000とし、リードを広げた。
だがもちろん、簡単に逃げを決めさせるほど甘いメンツではない。
南1局は圧巻の全員マンズ待ちテンパイ。
更に三人が-待ちの中、仲林が-待ちを金から打ち取り3900。
菊地との点差を9800点とし、猛追する。
無論、金も黙って見ているわけではない。
下家に菊地を置いて非常に押し引きのバランスが難しい中、
南2局は繊細な打ち回し。
金(西家) 6巡目
ツモ ドラ
既にテンパイを入れているが、下家の菊地がとポンしてマンズの一色気配。
アガられればいよいよこの半荘は厳しくなる上、自分の待ちはまず出てこない。
歯を食いしばって打とすると、次のツモが。
菊地の河はこうなっている。
放銃の危険は十分あるが、これなら待ちも広く、十分勝負になるか。
瞬間間を置いてからを河に叩きつけ、リーチを宣言する金。
「…チー」
菊地(北家)
チー ポン ポン
ここは菊地もリャンシャンテンからのチー。勝負を決めに行く。
更にはたろう、仲林と次々にテンパイを入れるが、最後は金が力強くを引き寄せた。
を最初に切ってしまっていれば、まったく違う局になっていただろう。
下手をすれば菊地のアガリまであったかも知れない。
目には見えないが、失点の可能性をギリギリまで減らした金のファインプレー。
南3局は親の仲林がたろうから3900。
1本場をテンパイで連荘し、いよいよ菊地との点差は2900点。
やはり現タイトルホルダー、ただでは転ばない。
事実、仲林がこういう状況を逆転する瞬間を私は何度も見てきた。
誰もが仲林の逆襲を期待した2本場だったが―――
何の気配もなく、突然を手元に引き寄せる菊地。
菊地(西家)
ツモ ドラ
「2000・3900は2200・4100」
これにはさすがの仲林も項垂れる。
更にオーラスは国士イーシャンテンとなったたろうからダメ押しの7700。
菊地(南家)
ロン ポン ドラ
終わってみればたろうをラスに沈めての60000点近いトップ。
残り2回を残して、気づけば菊地の独壇場となっていた。
3回戦終了時スコア
菊地 +42.2 (+63.3)
仲林 +8.0 (▲50.5)
金 ▲12.1 (▲11.0)
たろう ▲38.1 (▲1.8)
★4回戦★ (菊地→金→仲林→たろう)
いったい誰がこの展開を予想しただろうか。
菊地がこの半荘をトップで終えればもはや誰にもまともな条件は残らない。
いや、2着ですら並びによっては圧倒的有利な最終戦となる。
苦しいのは仲林だ。
もはや菊地を大きなラスに沈めなければ、自分の優勝は有り得ない。
無論、それを一番よくわかっているのは他ならぬ仲林自身だ。
まずは東1局、仲林が菊地から3900。
更に東2局はマンズに寄せるたろうを横目にこの7700をダマテンに構え、菊地からの直撃を狙う。
仲林(南家)
ドラ
残りツモ1回となって、親の金が安全牌に詰まり打。
しかし、これを平然とスルーして山に手を伸ばす。
もはやこれをただアガって加点していったところで優勝出来る点差ではないのだ。
実はその1巡前、たろうも金からを見逃している。
たろう(西家)
ポン ポン ポン ドラ
飢えた狼達が、逃げる狐を執拗に狙い撃つ。その様を、固唾を飲んで見守る観戦者。
無論、私もその一人だった。表情に出さないよう努力するのが精一杯だ。
その後海底で金がまたもを打つが、仲林は何も言葉を発することなく手牌を開けた。
13枚の並びを見つめ、小さく頷く金。
菊地、今回は安牌が足りていたがそれを見てどう思っただろうか。
迎えた東3局、仲林の親番。
前局の結果を恐れたわけではないだろうが、菊地が積極的に局を消化しに行く。
から仕掛け、10巡目にはこのテンパイ。
菊地(西家)
チー ポン ドラ
だがそれを見て、金が突如牌を横に曲げる。
金(北家)
ドラ
またしても、菊地狙いのダマテン。
恐らく、仲林とたろうからのはともかくは見逃したのではないだろうか。
だが菊地の2副露を見て、ここは任せろと打って出たのであろう。
菊地もここが勝負所と見て押し返す。
あるいは、ツモ切りリーチにここまでの手が入っているとは予想だにしなかったか。
これに対して仲林。
仲林(東家)
ツモ ドラ
恐らくこの日、最も長く時間を使った一打だろう。
まだ東場だが、そんな悠長なことを言っていられる場合ではない。
が危ないのは百も承知だが、これを止めている猶予はもはや残されていないのだ。
祈るように打ったに、金が無情にも手牌を倒した。
仲林、痛恨の12000放銃。
金にとっては、前局見逃してもらえた上に大きな加点と、展開が向いてきた。
これなら最終戦、条件を残して迎えることが出来る。
あとは菊地がラスになれば言うことはないのだが―――
その菊地、最大のピンチは恐らくこの東4局だっただろう。
親のたろうが6巡目になんとこのテンパイ。
たろう(東家)
ポン ドラ
しかもたろうにとって下家は菊地。見逃すには絶好の局面となっている。
無論、菊地はもうソーズはおろかドラ周りすら打たないが…
「リーチ!」
金(西家)
ドラ
こうなってくれば話は別だ。
仲林が当たってくれるなとばかりにを切ると、次のたろうはツモ。
わざわざ危険そうなを切ってまで今通った2枚切れのカンに受け変える。
しかし、このを菊地がチー、をほんの僅かに力を込めて叩き切る!
菊地(南家)
チー ドラ
こんな局面は初めてのはずだが、恐るべきはその胆力。
リーチの安牌は十分にあるが、見逃しがあるなら最早勝負に出るべきと見たか。
ここから膠着状態が続き、菊地は雀頭のとを入れ替える。
菊地(南家)
チー ドラ
その後、たろうはを掴んだが当然を切って-に受け変えた。
たろう(東家)
ポン ドラ
更に次は菊地がを掴む。さすがに打てる牌ではないので通ったを切ってヤメ。
そして残すは2巡となったところで、遂に金がを引いてこの局はたろうが12000をアガって決着。
…となるはずだったのだが、一向にロンの声が聞こえてこない。
たろう、まさかの12000見逃しである。
たろうから菊地のポイント差は65.1。
菊地は現状ラス目の仲林と微差の3着目で、金から12000をアガってもまだ金は2着。
これをアガっても金と自分の立場が入れ替わるだけなので、まったく問題ないのだが―
「あれはやりすぎたねー」と語ったたろう。
しかし、大きなリスクには大きなリターンがついて回るものだ。
迎えた海底、手番は菊地。
ここで全体牌譜を見て頂こう。
おわかりの通り、完全な手詰まりだ。
通常であれば、先程通った切りで何も問題はない。
しかしこの状況、たろうが見逃しをかけていないとは言い切れない。
それを加味すれば、切れる牌はただのひとつもなくなる。
菊地が選んだのは、金の現物でたろうの中筋である、2枚切れのだった。
「は選択肢になかった」と後に菊地は語るが、
果たして、皆さんなら何を切るだろうか?
ともかく、たろうにとっては千載一遇、菊地にとっては危機一髪の機会。
ここを凌いだ菊地は、南1局に
3人テンパイ→700は800オール→2900は3500(+リーチ棒2本)と細かく刻んで気がつけば原点復帰の2着目。
この男、本当にテンパイを拾うのが上手い。
3本場こそ金が必死の3副露で親を流すが、少なくない加点を許してしまった。
南3局は仲林が執念の3900オール。
仲林(東家)
リーチツモ ドラ
これでなんとか3着に浮上。
しかしたろうがラスになったため、このまま終わればまともな条件が残るのは金だけだ。
流局を挟んで2本場、今度はそのたろうが少し考えてからリーチ。
たろう(南家)
ドラ
自らがラス目ともなれば、もはや出場所を選んでいる余裕はない。
これになんとトップ目の金が飛び込む。
金(北家)
ドラ
ピンフドラドラのイーシャンテン、
まだまだ加点しておきたい立場のため、これは致し方なしか。
しかし、これでオーラスは全員が僅差の大接戦となった。
点棒状況は起家から以下の通り。
菊地 29000
金 33200
仲林 30700
たろう 27100
こうなると、菊地にとっては勝負を決める大きなチャンスだ。
金とたろうは絶対に菊地を3着以下にしなければならない。
しかし、差し込みの効く点差でもない。
0本場は全員が激しく仕掛けてテンパイを取り、運命の1本場。
その牌は、いつもと変わらず、静かに彼の手元へ滑り込んだ。
菊地(南家)
ツモ チー チー ドラ
4回戦終了時スコア
金 +17.8 (+6.8)
菊地 +5.4 (+68.7)
仲林 ▲4.7 (▲55.2)
たろう ▲18.5 (▲20.3)
★最終戦★
(金→たろう→仲林→菊地)
菊地はまるで初戦かのように仕掛け、オリ、テンパイを取り続け、
他者を一度も優勝圏内に近づけることなく逃げ切った。
凄まじい勝負だった。
ここには挙げることが叶わなかった中にも、それぞれが懸命に打ち、最大限の結果を残しただろう局が数多くあった。
すべてを紹介出来ないどころか、私の拙い文章でどれほど皆さんにこの素晴らしい内容をお伝え出来たかは定かではないが、
少なくとも、過去7回を振り返っても類を見ないハイレベルな決勝戦だったと言えるだろう。
その中でも、菊地の自力は目を見張るものがあった。
華やかなアガリではなく、相手のチャンスを潰し、自分の失点を抑える。
それは、競技麻雀打ちとして見落としがちだが最も大切な事だ。
過去、ともすれば軽視されがちだったネット麻雀の世界だが、
古くは小倉孝から始まり、渋川難波、そしてこの菊地俊介と実力派が台頭したことにより、
今やそのレベルの高さを疑う者はごく少数となったであろう。
今後は恐らく、更に多くのネット出身者がプロの門を叩くことになる。
互いを否定し合っていがみ合うような不毛な争いをするのではなく、
同じ麻雀を愛する者として手を取り合い、お互いを理解し、研鑽出来る時代。
きっとそれは、そう遠い未来の話ではないだろう。
(文・綱川 隆晃)
|