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第7期 雀王決定戦観戦記1

 

順位
名前
TOTAL
1日目
2日目
3日目
最終日
1
鈴木 達也
245.5
63.4
151.8
30.7
-0.4
2
小倉 孝
179.9
-45.4
-59.9
91.9
193.3
3
崎見 百合
-181.0
-16.8
-27.3
-10.8
-126.1
4
須田 良規
-250.4
-2.2
-65.6
-113.8
-68.8

 1日目観戦記 | 2日目観戦記3日目観戦記


【最終日観戦記】 (文:五十嵐毅)

もう10年も前になるが、そのころ私は大宮にあった雀荘に月3回ゲストで入っていた。
少し遅れて、私の紹介で竹内孝之が勤めだした。
私は月に3日しか行かないので、メンバーの雀力など詳しいことはわからなかったが、
「あの鈴木達也っていうのは強いよ」
と、めったに人を誉めない――というか人の噂をしない竹内が私に伝えてきた。

そう言われてから達也を注目すると、たしかに強い。
2回に1回はトップを取り、ラスはめったに引かない。
「良く攻め、良く攻め、的確に守る」という感じだった。


達也は最高位戦25期の試験を受けた。
遅番明けで睡眠が足りず筆記が芳しくなかったので落ちたが、翌年のリーグ増設が決定しており、
25期の不合格者を研修生として1年間つなぎとめておくことになった。
その研修リーグは私と村上淳さんで担当した。
この研修リーグ出身者は、最高位戦には数人残っているが、協会では尾崎嘉紀、宇野達矢、筒井昭晴などが退会していったため、
現在は達也以外では奥村知美しか残っていない。


協会創設時、協会員は積極的にマスターズ、王位戦などに出て実力を証明しようという動きになった。
私も、
「最高位戦の下位リーグばかり集めて作った」
「雀力の低い上げ底団体」
といった中傷を払拭しようと頑張った。
しかし、私以上に頑張ってもらいたい鍛冶田や竹内といったところが、
「五十嵐さん、後はお願いします」
と言って会場を先に去りやがる(怒)
私もベスト32やベスト16までは行くのだが、そこで力尽きる。

「協会で誰か残っていないのか」

と思って会場を見渡すと、いつも達也だけが生き残っていた。
達也はこの時期、2年連続で王位戦決勝(28・29期)に残っている。

一番アツかったのは第11期のマスターズかなぁ。

このとき私も準決勝まで残っていた。
ベスト8で2卓、各卓上位2名が決勝である。
達也と別卓になって、2人とも勝ちあがろうと誓って卓についた。


しかし、私の卓はダントツが出て、2着争いをしているところで、
野吹敬三さん(当時連盟)に四暗刻をツモられて(彼はその勢いでこの期優勝する)終わり、
残りの局は役満しばりの摸打を繰り返しながら、
「せめて達也だけは残ってくれ」
と念じていた。
すると、向こうの卓が先に終わり、次のようなやりとりが聞こえてきた。

「同点の場合は?」

「前年度チャンピオンの水巻渉(=最高位戦)さんが上です」

達也「何だ、それ〜!?」


会場となった錦江荘を後にし、有楽町のガード下で餃子とビールでヤケ酒である。
いや、私は途中で覚悟を決めていたのでいいが、
同点頭ハネを喰らった達也は頭から湯気が出ていたので、私はなだめ役である。

あのときの餃子はしょっぱかったなぁ、達也。


長々と達也との思い出を綴ったが、協会創設時に
「若手ばかりだが強いのもいる」
ことをいち早くまわりに知らしめたのが、達也であることを知ってもらいたかった。


そして、その強さは天性のもので、大学生で雀荘のバイトをしていた頃から、
「ギリギリまで前に出る踏み込みの良さと思い切りの良さ」
は、すでに身につけていた。

加えて、彼の強さを形作っているのが
「極端な負けず嫌い」
ということである。
麻雀に限らず、たとえばボウリングなどを達也とやったことがある人ならわかると思うが、なにしろ負けるとくやしがる。
ちょっと飲んだあとのお遊びでも、ふざけて投げる奴がいると、
「もっと真面目にやれよ!」
と怒り出す。
大人げない奴なのだ。
しかし、これは勝負師としていちばん大事な資質でもある。


決定戦最終日、会場にいた何人が気づいたかしらないが、達也が最後に言った言葉に、私は「負けず嫌い」を再確認した。

11月14日(日)第8期雀王決定戦最終日。
ここまでの成績を見ると、達也が3コロに仕上げてのブッチ切りである。
よほどのことがない限り「決まり」と思ってもよさそうだが、案に反して会場入りした達也の顔はこわばっていた。
周囲ともほとんど会話をしていない。
緊張しているのだろうか?


★16回戦★
(須田→鈴木→小倉→崎見)

東1局は崎見がメンタンピン裏1をツモって満貫スタート。

東2局0本場
次局、親になった達也が得意な(たしか「好きな手役」として何かに書いていた)七対子を一発でツモる。

三萬五萬の切れ具合から見て絶テンである。
実際、ヤマに丸残りである。
しかし、この四萬タンキでノータイム「リーチ」と言える反射神経のいい打ち手が何人いるだろうか?

アガったあと、達也は「ふぅ〜」と大きな息をついた。
気のせいか表情も少しゆるんだ。
やはりアガリが拾えるまでは不安なのだろう。
いくら大リードをしているといっても、この日ノーホーラで終われば優勝はないのだから。


東2局1本場
小倉の11巡目、イーシャンテン時の打牌が私にはわからない。
五萬五萬五萬六萬六萬七萬八萬三筒四筒一索二索三索東 ツモ九筒東 ドラ三索

おそらく東より九筒のほうがよほど安全そうで、リーチ一発目の安牌としたかったのだろう。
だが、そうはいってもこの東はギリギリまで絞るべきではないか(私ならそう打つ)。
牌譜を見てもらいたい。

この東は達也にポンテンを入れさせてしまう。
仮に小倉が東を絞れば15巡目に九萬を引き入れてテンパイ。
リーチが打て、その3巡目、ツモスジに五筒が現れる。
達也がやはり東をポンすればツモアガリはないが、少なくとも達也の親は流れたはずだ。
達也が3本場まで積んだ原因は、この1局にあると私は見る。


一時は4万点を超えた達也だが、オーラスを迎えて2万点台にまで落ち込んでいた。
別に崩れたというわけではない。
振り込みは南1局、親の須田に打った1500点だけで、ツモられ、ノーテン罰符でジリジリと削られていったのだ。


浮上してきたのはやはりこの男・ディフェンディングの小倉である。

南3局の小倉の親番。
五萬六萬七萬二筒三筒四筒九筒九筒二索三索七索八索九索 リーチ 一発ツモ四索 ドラ四索 裏一筒

「4000オール」

南3局1本場
二索三索四索五索六索七索八索 ツモ八索 ポン北北横北 ポン發發横發 ドラ五筒

「2600は2700オール」

この2つのアガリで4万点を超え、オーラスもピンフツモで終わらせた。
達也は点棒をへらしたとはいえ、オーラスを迎えた時点で崎見にせまられていたから、
かろうじて2着で終わったことに、自身で合格点をつけただろう。


小倉+68.9 鈴木+2.4 崎見▲19.3 須田▲52.0

16回戦終了時トータル
鈴木+248.3
小倉+55.5
崎見▲74.2
須田▲233.6
供託+4.0


トータルポイントが3コロから2人浮きに変わった。
この時点で、他の2人には酷だが、興味は「小倉が達也にどこまで迫れるか?そして、逆転は可能なのか?」に集中する。
ギャラリーのほとんどもそこに注視していただろう。

★17回戦★(崎見→須田→小倉→鈴木)

達也が發のみの1000点でアガったあとの東2局、小倉が跳満をアガる。

東2局
一筒一筒一筒四筒五筒六筒三索五索五索五索七索八索九索 リーチツモ三索 ドラ七索 裏五索

このときの達也の表情が忘れられない。
なんというか、「怒っている」というか「あきれている」というか・・・
もし対局中に言葉を発していいのであれば、こう言うだろう。
「おまえ、簡単にツモるなぁ」と。

対して、小倉は涼しい顔というか、無表情。
この男は対局中、いつだって無表情だ。


小倉が協会に入ったばかりのころは、新聞配達所で住み込みのバイトをしながら大学に通う苦学生だった。
そのころは「雀王」(当時の協会道場)によくいたが、いつも笑顔を絶やさない可愛い子だった。
春には千葉の実家から送られてきた「じっちゃんが海行って取ってきたワカメ」を私や藤田拓郎にくれたこともあった。
今はもう、対局中にあんな甘い表情を見せることはない。


東3局、前局の小倉のアガリに発奮したかのように、達也が倍満をアガる。

立て続けに3つポンした達也、この時点で南發は3枚残り。
しかし、崎見と須田に1枚ずつ流れ、一筒ポンで追いついた小倉のカン三筒は残り3枚。

この牌譜を見てつくづく思うのは、勝敗の結着とは別に、「戦える者と戦えない者の差」である。
仕掛け返した小倉には、達也に危険な牌はいかないのに対して、
崎見と須田には次々と流れていく。
不思議と、決勝の最終日をこんなポジションで迎えると、こうなってしまう。
辛いだろうね、須田くん・崎見さん。


この半荘は前回とちがって達也が逃げ切るのだが、オーラスの牌譜は見ものである。

小倉が「ロン」と言えば崎見を躱して2着になる。
しかも、その牌は「リーチ」と言って須田から叩きつかれた牌なのだ。
「じゃあ、しょうがない」と思ってアガる打ち手がほとんどだろう。
実際、私も小倉はそのタイプだと思っていた。
しかし、相変わらずの無表情で見送った。

そして、須田。
跳満を拒否してのフリテンリーチ。
残り1回のツモで六筒を引きアガれば三倍満でゴボウ抜きトップなのだ。

どんな素晴らしいアガリがあった局よりも、
2人の意志が強烈に表れた価値ある流局譜だと思う。


鈴木+55.8 崎見+9.0 小倉▲11.1 須田▲55.7 供託+2.0

17回戦終了時トータル
鈴木+304.1
小倉+44.4
崎見▲65.2
須田▲289.3
供託+6.0

★18回戦★(崎見→鈴木→小倉→須田)

18回戦も達也が先行する。
小倉のリーチ(七対子ドラ四萬タンキ)に対し、

四萬五萬五萬六萬六萬七萬六筒七筒八筒一索一索九索九索 ドラ四萬
一索九索ともに場に1枚切れ)

で追っかけ、アグレッシブにアガリをもぎ取った。
私なら、唯一の対抗馬からのリーチだからしっかり守ろうなどと構えそうだが、
どうやらそれではいけないらしい。


東4局を迎えて3万点に満たないとはいえトップ目の達也。
今回2着ははずさないだろうと見ていたが、異変が起こった。
演出家は須田である。

親の須田、10巡目にテンパイしてリーチ。
何もないカンチャン待ちの手だったが、これを一発でツモって裏を乗せて4000オール。
ただそれだけの手なので、牌姿を載せるほどのこともない。

東4局1本場も須田がメンゼンで、今度はタンヤオが付いたリャンメンリーチ。
巡目は遅かったが、3フーロでテンパイしていた崎見から出アガリ3900点。


そして、注目に価するのが同2本場だ。

メンゼンリーチで2連続アガっただけに、ここもメンゼンで押して、できれば親満ぐらいにしたい、
仕掛けるなら中だけにしたいと思うのは凡人なのだろうか?
いきなり九筒をチーしたのには驚いた。

二萬三萬二筒二筒七索八索八索東中中 チー九筒横七筒八筒 ドラ三萬

一筒三筒を引いてのチャンタの保険もかかってはいるが、常識的には中バック。
なぜこんな仕掛けを入れられるのだろう。
私には真似できない。


断わっておくが、非難しているのではない。
実際九筒を鳴かずに進めていたとして、須田がアガった10巡目でアガリが拾える保証は、
この牌譜を何度検討しても見つけられない。
つまり、この時点で連荘は未知数なのだ。
このアガリがなければ、次局からの猛攻もなかったのかもしれないのだから大きい。
須田のこの九筒チーは感覚的なものなのか彼なりの理論なのか?
後者ならば自身の口から(または筆で)発表してもらいたいものである。
私自身が切に知りたい。


同3本場、須田は6000オール。
ドラ2の手から東をポンし、テンパイ後に引いた東を加カンすると、
カンドラも2枚乗ってリンシャンでツモアガるという気持ちのいい親ッパネである。


同4本場

須田の6巡目
一萬一萬四萬六萬八萬八萬八萬一索三索三索五索六索七索 ツモ四索 ドラ六筒

テンパイを急ぐだけなら一索切りなのは誰にだってわかる。
しかし、自分で使っている三索が2枚の他、小倉の初打三索、達也の2巡目一索ツモ切りから二索の待ちが狙い目であることがわかる。
つまり、須田のソーズ部分は、一索三索のカンチャンと三索四索五索六索七索の3メンチャンと認識できるのだ。
少考の末、須田は打六萬
八萬の暗カンを挟んで五索を引き入れてカン二索のリーチ。
これに四索暗刻の崎見が一発でハマった。


さらにアガリと流局を重ねた7本場。

ここでも須田はちがった面を見せる。
崎見の8巡目の中にポンテンをかけていない。
イーペーコーはできていて、七対子でもイーシャンテンのこの手、
鳴かないのはもちろんわかる(私も鳴かない)。
だが、2本場で九筒チーから入った須田である。
きっちりポンテンを入れるほうが須田らしいと思うのだが、我々には見せていない一面があるのだろうか?
らしくない(と私がかってに思う)ポンテン取らずの結果はウラ目。
小倉に一萬を入れさせて振り込みに回ってしまう。
ポンしても小倉に六索を流してテンパイさせてしまうが、その場合小倉の待ちの一萬-四萬は残り4枚に対し、
自身の三筒-六筒は7枚と有利な勝負になり、さらなる連荘ができたと思うのだが・・・


ラス前、小倉も親番で粘って迎えた2本場。
とはいっても、この2本は流局連荘で積んだものだ。
しかし、達也には非常に長く感じられたのだろう。
あせりなのか、疑問手が出る。

リーチ一発目の東は気合いで通した。
テンパイ打牌の四筒はドラだが、中スジになっている。
小倉が一筒三筒五筒のリャンカンを持っていたとしたら八筒より一筒が後になるだろう。
そう読めば打てないこともないが、いずれにしろ恐い。
仮に四筒までは良しとしても、次の八萬あたりから現物の一萬三萬に手を掛けてもおかしくないだろう。
テンパイ維持したままだから三筒まで止まらなくなってしまう。
ラス目の崎見はハコ下。
まだ2万点以上ある。
黙って耐えていればそう簡単にラスにはならないのに・・・

この問いに対し、達也は局後、こう答えている。
「この親さえ落とせば――と思っていた」
その気持ちはわかる。
加えて、親満を打ってもまだ崎見より7000点以上も上である。
3着になるだけなら、なんとでもなると思っていたにちがいない。
しかし2万点差から7000点差――なんとでもなる点差になったと思ったのは、
達也のラスを切望する小倉、須田のほうも同じだった。


オーラス。

白に飛びつき終局を急ぐ達也。
これに対し、親の須田がカン四筒に喰いついた。
須田のこれまでの仕掛けから、テンパイなのか遠い仕掛けなのか判別はつきにくい。
しかしこれは南バックとはいえきっちりテンパイ。
達也から1500点をもぎ取った。
もちろん須田は1500点が欲しいわけではなく、崎見にチャンスを与えるための延命策なのは誰にだってわかるが、
こういう局面では、本当に須田はスキなく打つ。
この局の崎見の手では時間がかかりそうだし、達也をまくる手に育つかどうかも難しい。
須田がのほほんと構えていたら、達也3着、崎見ラスで終わっていただろう。

延命の1局、前局がウソのように崎見に手が入った。
ドラトイツで2巡目にピンフリーチである。
これを追っかけた須田、ツモればもちろんアガるが、崎見から出たら見逃しは予定通りである。
こうして達也にラスを押しつけることに成功した。


須田だって、これで自分の優勝の道が開けたとは思っていない。
だが、最善手を選び続けなければ道は広がらず、細いままでゴールは近づいていくばかりだし、
ギャラリーに対しても失礼だ。
「選手として、できることを最後までやり続ける」
とはこういうことをいうのだと思う。

にわかに活気づくギャラリー。
達也にとっては幸運だったのは、3戦打った後に休憩が決まっていて、頭を冷やす時間があったことだろう。


須田+88.7 小倉+10.3 崎見▲36.2 鈴木▲62.8

18回戦終了時トータル
鈴木+241.3
小倉+54.7
崎見▲101.4
須田▲200.6
供託+6.0

★19回戦★(崎見→須田→小倉→鈴木)

休憩を挟んだ19回戦、大きなアガリが出ないまま淡々と進んだ東4局。
達也が親で三暗刻をツモる。

場の感じから絶テンと思えるカン二筒だが、リーチしなかったのは、四暗刻の手替わり待ちだったのか?
しかし、この決定戦、役満は2回もアガっているので、もういいだろう(笑)
いや、冗談ではなく、この手、一筒が重なろうが、三筒が重なろうが、手替わりするとカラテンになるのである。
だからそうなる前にこのままツモアガるのがベスト。
私のメモ帳には、このアガリを記した後に「これで決まり」と書かれてある。

南1局、達也は
二萬二萬二筒三筒四筒五筒六筒三索四索五索中中中 ドラ二筒

この手をリーチして満貫ツモ。
もはや決定打と思えたが、次局、落とし穴があった。

南2局、達也が9巡目に三萬をツモ切ると親の須田が「ロン」(ヤミテン)

三萬三萬六萬六萬七萬七萬八萬八萬三索四索四索四索五索 ロン三萬 ドラ六萬

須田は、ここまでの行き方からして、達也以外から出てもアガらず、リャンペーコーの手替わりを待っただろう。

達也にとっては強烈な親満だが、須田がトップで自分が2着ならまだいい。
しかも、当面の敵・小倉はラス前の親番で崎見に満貫の親っかぶりをさせられ、ラス目に落ちてオーラス突入したのである。


オーラス、ラス親の達也としては、スキあらばトップを狙うが(トップ目須田とは1100点差)
そうでなければ流局させてこのままの並びで終わらせる気であっただろう。
ところが・・・

「ハイテイの手番なのに、このままヤミテンでアガるわけにもいかない」
――崎見のリーチはそんなところだろうか。
しかし、それが小倉をトップまで押し上げる結果になってしまった。

このとき小倉は相変わらず無表情。
七筒のポンテンを入れたときも気のない感じだった。
トップへの条件を満たすドラでアガる自信がなかったのだろう。
対して、達也はボーゼンとしていた。
わずか数分前には考えられなかった小倉トップ、自分は3着の並びであり、何より自分が中を打ったあと、
残りたった1牌での出来事なのだ。


小倉+50.4 須田+8.9 鈴木▲12.2 崎見▲47.1

19回戦終了時トータル
鈴木+229.1
小倉+105.1
崎見▲148.5
須田▲191.7
供託+6.0


小倉は本当に牌に愛されていると思う。
この局ばかりでなく、この日、ペンチャン一発ツモを含む一発ツモを何度か見せつけた。
最終戦に入る前に、達也は
「トップラスなら約4万点、トップ3着なら約6万点、トップ2着なら8万点・・・」
と何度も小倉の条件を確認していたが、達也も私と同じようなことを感じ、
「牌に愛されている小倉」を恐れてのことかもしれない。

★20回戦★(須田→崎見→小倉→鈴木)

最終戦は本日2度目の小倉のペンチャン一発ツモ・満貫から始まる。

一萬二萬七萬八萬九萬二筒三筒四筒八筒八筒八筒九索九索 リーチ一発ツモ三萬 ドラ九索四索


その後も小倉のアガリ、あるいはリーチ→流局が続く。
なにしろ崎見も須田も手にならないし、手にしない。
アガリに迎えるのは親番のときぐらいに限られるのだから必然的にそうなる。
なので、小倉の動向だけを記させていただく。

 東2局 = 小倉リーチ→流局

 東3局1本場 = 小倉…クイタン・ドラ1 1100オール

 東3局2本場 = 小倉…リーチ・ピンフ・ツモ 1500オール

 東3局3本場 = 小倉七対子リーチ→流局

この時点で4万点を超えていた小倉の親を落としたのが達也だ。

打点もしっかりあって、万全の親落としである。


次局は親となった達也が一発ツモ。

小倉をまくってトップにまでなる。


次局は、小倉がシャンポンを一発ツモ。

と、目まぐるしい展開だが、達也に3着落ち、ラス落ちの危険が遠のく以上、
小倉は点棒をかき集められるだけ集めるしかない。


次局(南1局)はお互いにポンテンを入れたところから達也が小倉に放銃、2000点。

南2局は流局、4人ノーテン。
これで、須田・崎見の親は終わり、小倉が最後の親番を迎える。

ここで小倉は、リーチ、リーチ、喰い仕掛けと、1人テンパイを3局続けて粘る。
持ち点は5万点を超えているが、達也も3万点以上を持って不動の2着目である。
もはや小倉は達也の着順を落として並びを考えるなど思ってもいないだろう。
トップ2着でも8万点以上ならば、あと6万点稼げばいい。
ならば親満5発である。

南3局4本場。
小倉の親を落としたこの局が、達也の実質的な勝利牌譜である。

達也にダブリーの手牌が入った。
もし小倉ならダブリーを掛けるのではないだろうか。
しかし達也は2巡目に七筒をツモってピンズの並びが良くなるとテンパイをはずした。
5巡目にピンフの五筒-八筒待ち。
まだテンパイは誰にも悟られていない。
そして、ピンズをバラ打ちしている須田に照準を合わせた絶テンで、結果もそうなった。

残るはラス親・達也の1局のみ。
役満直撃かダブル役満ツモという条件を確認した小倉は必然的に字牌を集め、事実、字牌が流れ込んだが、
ことここにいたって、鳴かせてもらえるわけがない。

流局して1人テンパイで開けた小倉の手はこんなものだった。

二萬二萬八索八索東東南南西北北中中

点棒をやり取りするだけ無駄で、伏せてもいいというか、伏せるのが美学といった風潮があるが、
この手を開けたのは小倉の意地か、それとももらえる点棒はもらうというデジタルな発想からなのか?
(たぶん後者だと思う)


トロフィー受け渡し後に、立会人が達也に感想を求めると、返ってきた言葉は次のものだった。

「今年は勝つと決めていた。それだけです」


これは不本意な形で勝利を逃した昨年の結果に対する彼なりの解答だったのだろう。
小倉に、というより「昨年の終わり方」に対するリベンジであり、今回の結果は負けず嫌いの達也の内面で、
ようやく昨年のケリがついたのだと思う。


これで8期中、3度の戴冠。
最初の年、達也はBリーグだったので達也にとって実質7期だが、ディフェンディングを含めれば7分の6の率で決定戦を戦っている。
他に2期勝った者がいない雀王戦ではもはやダントツの成績である。
あとは、まだ成し遂げていない連覇に期待したいし、協会初期のころのように、他団体主催のタイトル戦でも活躍してもらいたいと思う。

同時に、他のAリーグ選手には、レベルアップを期待し、達也を負かしてもらいたいと思う。
これだけ成績に水をあけられて、対抗心を燃やさなければ、Aリーグにいる資格はない。



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